雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

7万台への挑戦 新しいカワサキのイメージ戦略の時代 11

2020-06-09 06:19:55 | 私の生き方、考え方&意見

★ 『7万台への挑戦』11回目を迎えたが、
今回も『私の生き方、考え方&意見』を中心に纏めてみたい。

この時代のカワサキがやってたことは、『二輪業界の常識』からは、ちょっと逸脱した
変わったこと』ばかりをやっていたと言っていい。

国内の二輪業界が伸長している時なら兎も角、
むしろ『縮小の時代』に、
7万台を売れ』などと言う指示自体が『普通ではない』のだから、
それを実現するためには、
全く新しい発想』で臨まない限り、『実現』などしないのである。



       




★そんな『新しい発想』を従業員をはじめ販売店の人たちに理解してもらうのは、
7万台の販売達成と同様に、そんなに簡単ではないのである。

従業員は兎も角、販売店の理解を得るために、
全国販売店の新年会では、
当時の総合営業活動をこのように図示して1時間以上に亘って説明し、
その考え方の徹底を図ったのである。


 その目標は『新しいカワサキイメージの創造』であり、
 その対象とするところはカワサキマニアや販売店だけでなく、
 むしろそれ以外の広く社会の人たちまでを対象としたのである。

 『企業イメージ』とは、仲間内の発想ではなく『他人がどう思うか』なのである。
 
 商品開発・販売網・ユーザークラブKAZE対策などにより、
   『総合的な新しい仕組み』、
 遊んでいても自然に売れる『新しい営業活動』を目指したのである。
 



 


★ ちょっと『堅苦しい説明』になっているが、
 『営業活動』なのにそのTOPに『商品開発』が来ているのは、
 当時の販社と技術部とは密接に繋がっていて、
 営業第1線と開発部門との意見交換会を2ヶ月に一度定期的に開催していて、
 『フレッシュマンレポート』と称し、それを担当していたのは若手諸君だったのである。

 このことはすっかり忘れていたのだが、
 前回のこのシリーズに、当時の植村武さんからこんなコメントを頂いたのである。

ゼファーといえば古谷さんが立ち上げたフレッシュマンレポートを思い出します。
ふた月に1回位のペースで川重の開発メンバーとカワ販のメンバーが新商品の意見交換をするシステムで、第1回目の時に、ZZRシリーズ、KDX、ゼファーのモックがあってその前で細かく話し合ったのを思い出します。』

そう言えば ZEPHYRのネーミングの提案者は確か営業の若手だったし、
当時のグループメンバーたちは全員がよく頑張っていたのだと思うのである。


 
★話しはちょっと旧くなるが、ずっとずっと前の入社3年目の頃、
 『いろいろ言う私の理屈』を聞いて、
 『図示して見ろ』と言った人がいる。

 ちゃんと解っていたら『図示できる』はず。
 『図示できない』のは、『まだ、ちゃんと自分のモノになっていないからだ
 と厳しく私に言われたのは、小野田滋郎さんである。

 人生で出会った人の中で『この人にはとても敵わない』と思ったのは、
 小野田滋郎さんが最初だった。

    

     
   

 陸軍士官学校出で、あの小野田寛郎さんの弟さんである。
 自衛隊におられたのだが、
 その後カワサキ自動車販売の総務課長・広告宣伝課長をされていて、
 その広告宣伝業務を私が引き継ぐことになったのである。

 陸士仕込みの本格的な『戦略・戦術・戦闘論』などいろいろ教えて貰ったのだが、
 『めちゃめちゃ上手に図示』されるのである。

 そんなこともあって、私はいろんな私のやり方・方針などは、
 小野田さんの教え通り、『図示する』ことにしていたのである。



★1990年代に『7万台を目指した』その発想や仕組みは、
 それまでの『二輪業界のやり方』とは全く異なった『新しい発想』だったので。
 
 それを一緒にやる仲間たちに、説明し納得してもらうには、
 その仕組みを『図示説明する』必要があったので、
 当時はいろいろなものが残っているのである。


 これは国内市場を担当して4年目に漸く創り上げた
 『カワサキグループの組織活動図』である。


 



● 一般に言う『販売会社』なのだが、販売はこの会社がやるのではなく、ARK と称した販売店が『やってくれる』ので、ARK が大きく描かれている。
(ARKに関してはまたの機会に・・)
  バイクを本当に売りたいのは、販社のセールスよりは、むしろ販売店なのである。
売れない』のは『売らない』のではなくて、何か原因があるはずだから、
それを除去するか、販売店では『出来ないレベル』のことを販社がやるべきだと思ったのである。

● 販売店はお客ではなく『我々の仲間』だという位置づけとした。
 他メーカーさんは、販売店を様付けなどして『お客様』の位置づけだったが、
これは日本の業界など取引先満足優先Customer Satisfaction の発想で、Consumer Satisfaction(消費者)となっていないのである。

カワサキは販売店に対しては、仲間として結構厳しく接したのだが、
厳しく接しないとなかなかホントは『育たない』と思ったからである。


★ただ、こんなややこしい堅苦しい説明が、何とか販売店にも理解して貰えたのは、
当時のカワサキの販売網は独特で、まさにお客様ではなく『かっての仲間たち』がその中心となっていたからだと思う。

その販売網を最初に一緒になって創ったのは私以下当時の藤田孝昭・南昌吾・岩崎茂樹・谷沢高明くんなどホントに販売店の仲間だった人たちだったから、それなりに『信用して貰えた』のだと思う。

カワサキの特約店制度の中心になったのが、のれん分け制度で独立した元カワサキの仲間だったし、10年以上も経ってホントに業界でも一流店に成長していたのである。


★そいう言う意味では、『カワサキの販売網』は独特のもので、当時それぞれの会社や重要セクションで旗を振ってくれた人たちとの『信頼関係』がもしなかったら、こんなシステムは完成していないと思っている。

 そのベースにあるのは、
 川崎航空機工業の社是・執務態度なのである。
 
 それはそんなに特別なモノではないのだが

    社是        正直・誠実・勤勉
       執務態度      信頼・互譲・協力

 私は現役当時から、ずっと守り抜いてきて、
 今も、同じように動いている。

 そういう意味では『Good Times Concept 』も
 川崎航空機工業の『社是・執務態度』も、ずっと私を支えてくれているのである。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






   


 





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