(ドル円相場)
12月13日、「亥(い)固まる」2019年のドル円相場は、極端なドル高にも円高にも加速せず、110円台を中心に一進一退を繰り返す地味な1年になると三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作氏は予想。2017年撮影(2018年 ロイター/Thomas White)
① ""コラム:「亥(い)固まる」2019年のドル円相場予想=植野大作氏""
2018年12月13日 / 15:59 / 6時間前更新
植野大作 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト
[東京 13日] -
今年も残すところ約半月。「大晦日の着地点」が意識される中、最近のドル円相場は上値の重さと下値の堅さが共存しており、レンジ取引の呪縛に陥っている。
11月上旬の米中間選挙が終わりイベント通過による解放感が広がると、ドル/円は一時114円台前半まで上昇したが、10月高値の114円55銭を抜けずに反落。その後は米中貿易摩擦や欧州の政治混迷、原油価格の崩落などを受けて国内外の株価が乱高下する中でも、かつて猛威を振るった「リスク回避の円高」は加速せず、112円台では底堅く推移している。
この間、欧州、資源国、新興国などの通貨は、それぞれ個別の事情を反映して比較的派手に動いているが、ドル円相場だけはなぜか蚊帳の外に置かれ、米中間選挙後は2円に満たない狭い値幅で推移している。
年の瀬を目前に、市場の関心は来年の展望に移りつつある。来年のドル円相場について、筆者はおおむね横ばい基調で推移すると予想している。極端なドル高にも円高にも加速せず、110円台を中心に一進一退を繰り返す地味な1年になるのではないだろうか。
以下、そのように考えている理由を2つ挙げておく。
🌸 <日銀緩和の円高抑止力>
第1は日銀の金融政策だ。金融緩和の出口戦略は事実上稼働し始めているが、来年10月に予定されている消費増税後の不透明感が晴れるまで、異例の低金利は維持される可能性が高い。
まず「量」の側面に注目すると、7月会合で「資産購入の柔軟化」を表明して以来、日銀による国債購入ペースは明らかに落ちている。
黒田東彦日銀総裁の最近の語録をみても、長引く低金利政策が金融機関経営に与える悪影響に配慮したコメントがかなり増えており、この先、「黒田バズーカ第3弾」で強烈な円安が加速するような事態は想像しにくい。
一方、一部で根強くささやかれている時期尚早な早期利上げ観測は不発に終わるだろう。現在、日本の消費者物価上昇率はコアインフレで前年比1.0%と、政策目標の2%まで相当な距離がある。
今秋起きた原油価格の急落は、これから物価の下押しに効いてくるほか、政府が進める教育無償化、携帯電話料金の引き引き下げなども来年の物価押し下げに寄与しそうだ。日銀が物価目標を現在の2%からアベノミクス前の「1%程度」や「ゼロ%以上のプラスの領域」などに戻さない限り、今すぐ利上げを実施するのは理屈に合わない。
2012年の衆院選で大勝した後、「日銀法改正の可能性」までちらつかせて当時の白川方明日銀総裁に物価目標を2%に引き上げさせた安倍晋三首相は、来年秋の消費増税に備えて「政策総動員」で景気悪化を阻止する方針だ。経済財政諮問会議の議員も務める黒田日銀総裁が、その前に利上げに踏み切る可能性は政治的に見ても低い。
日銀が現在の超低金利政策を緩めない限り、極端な円高を抑止するバックストップ力は、来年中も漸増しそうだ。現在、日本の10年物国債利回りは0.05%前後で低迷しており、約10年前に発行された10年債の10分の1以下の水準で推移している。
この先、かつて購入した10年債の満期償還金を単純に再投資した場合、金利収入は一気に9割以上激減する。このような状態が来年も続くならば、単純な国内債への再投資だけでは十分な期間収益はおろか、必要経費すら稼ぐのが難しくなる国内金融機関や各種法人などの苦悩は「ただ時が過ぎていく」だけで深まっていく。
日銀緩和の累積効果が国内投資家のポートフォリオに染み込んでいく中、ドル相場がある程度まで下がった場合には、本邦勢の押し目買い興味が湧出し、円高抑止力を発揮しそうだ。ちなみに、ドル円相場が今年8月、一時109円台まで差し込んだ時、「110円割れのドル」は約3時間43分で売り切れた。来年の状況も、大同小異だろう。
🌸 <米利上げは一時停止モードに>
第2の理由は、米国の利上げが来年どこかで「一時停止モード」に移行しそうなことだ。ただ、既に先進国で最も高くなっている米政策金利の相対的地位は、年間を通じて変化しないだろう。
現在、大方の市場関係者は年内あと1回の追加利上げをほぼ確実視しているが、11月下旬にパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が現在の政策金利に関し、中立金利を「若干下回る」水準にある、との見解を示したため、利上げ停止時期が接近しているとの観測が強まっている。
来年、米政策金利の先高感が後退すれば、ドルの上値が軽いと見て追いかけ続けるプレーヤーは減りそうだ。来年は極端なドル高が進みにくくなると考えるゆえんである。
ただ、来年中に米国の利上げが一時停止状態になっても、早期利下げ観測が台頭しない限り、極端なドル安は進まないだろう。「米国で利上げにブレーキがかかると大幅な円高が加速する」との見方もあるが、筆者はそう思わない。
これまで本コラムで繰り返し指摘してきたが、現在、米国の政策金利が先進国で最も高くなったことを反映し、「世界一の安全資産」だとみなされている米国債利回りが、イールドカーブのほぼ全域にわたって他の主要国の水準を凌駕する状態が定着している。
このため、最近は、米中貿易摩擦への懸念や需給悪化観測などで米国株や原油価格が下落しても、株式や商品市場からの逃避資金の疎開先は米国債市場になりやすく、いったん米国に流入した資金が国外へ流出しにくくなっている。
今年に入って米国株や原油が値崩れしても、ドル建て金融資産からの資金逃避を抑制するような金利秩序の変化が起きたことが、春先からほぼ一本調子でドル実効為替指数の上昇が続く一因になったと推測される。
過去、ドル円とドル指数の地合いが正反対に動く局面は非常にまれだった。来年、米国株に調整売りが入ったとしてもドル/円は比較的底堅さを維持し、株価が安定感を取り戻してくると円安が進みやすい状況が続くのではなかろうか。
日本の投資家が円金利だけで生計を立てていくのが困難な環境が続き、米短期国債金利が日本10年債利回りの数十倍の水準で高止まっている間は、ドルがどれだけ下がっても、日本からの買い手は消えにくい。結果として、ドル/円相場は横ばいの高原状態になる可能性が高そうだ。
🌸 <米経済悪化観測は杞憂(きゆう)>
以上が、2019年のドル円相場に関する筆者の見方の骨格だ。これまで同様、すう勢判断の軸足を日米両国の金融政策に置いた上、来年は日米政策金利差が拡大も縮小もしなくなることを前提に、おおむね横這いのレンジ取引に移行する確率が高いと考えている。
最近、米長短金利差の縮小を見込んだ「米国経済失速ストーリー」が市場の一部で盛り上がっているのは若干気になるが、過去数十年間、米国の実質政策金利がゼロ%程度の水準で景気後退が引き起こされた例はない。来年、米国経済は減速しても失速はせず、時期尚早な景気悪化観測は杞憂に終わるのではないだろうか。
筆者が想定するドル円相場の横ばい予想が正鵠(せいこく)を得ていた場合、2019年は極端な為替変動による「ノイズ」が日本の株式市場に混入しにくい1年になりそうだ。「亥(い)固まる」年のドル円相場は、動意低迷の予感とともに始まることになるだろう。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
*本稿は、ロイター「外国為替フォーラム」に掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
※ 今度の土日にゆっくりと読んでみます。