(イメージ画像・養豚業)
(豚肉と大豆粕の価格グラフ)
① ""米中貿易戦争で中国に大ブーメラン “大豆ショック”で畜産崩壊寸前! ""
2018/12/26 08:00
米国と中国の通商紛争が、世界の農業を揺るがしている。双方が輸入品に高額の関税をかけ合う“貿易戦争”になっていて、米国の大豆が中国に入らなくなったのだ。豚のエサ(飼料)が手に入らず、中国の畜産家は廃業寸前に追い込まれている。愛知大学現代中国学部・高橋五郎教授が現地でその現状を取材した。
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「採算割れが半年以上も続き、もう養豚経営を続けるのは限界だ。業者同士がなんとか倒産から逃れようと、我慢くらべをしている。こんなことは人生で初めての経験」
こう嘆くのは中国・河南省の農家Rさん。米や野菜などもつくっているが、収入の柱は養豚で約100頭を飼っている。それが飼料の高騰で、経営危機に直面しているのだ。
発端は米国のトランプ大統領だった。「米国第一主義」を掲げ、米国への輸出でもうけている中国をターゲットに選んだ。知的財産の侵害を口実に7月、中国からの輸入品に高関税措置を発動。中国も報復のため、米国から輸入していた食品などに高関税をかけた。
その影響をまともにくらったのが大豆。中国は消費量が世界1位で、2017年は1億1060万トン。そのうち9割弱を輸入しており、輸入国としても世界最大だ。輸入量の34%は米国に依存していたが、25%もの高関税をかけたことで、8月以降の輸入がほぼゼロに。米国産大豆がそっくり消えたのだ。
ブラジルやアルゼンチンなど米国に代わる輸入先を探したが、収穫期のずれもあって、全てはカバーできない。
報復するため放った矢が、自国の農家や消費者を直撃した。米国は中国に代わる輸出先を、大手食品会社が見つけているため、大豆農家は中国ほどの痛手は受けていない。中国にとって大豆への高額関税は、“大ブーメラン”になってしまった。
中国人にとって大豆は不可欠の食材。食用油や豆腐などの原料として、幅広く使われる。油を搾り取った後の大豆粕(だいずかす)は、豚の重要な飼料になる。
米国からの輸入が途絶えたことで、大豆はもちろん大豆粕の価格も急上昇。今回訪れた河南省では、1キログラム当たり2元台(約33円)から、ほぼ倍の4元近くまで急騰した。
飼料の価格上昇を、豚肉の出荷価格に全て転嫁することは難しい。畜産農家は、冒頭のRさんのような状況に陥った。
大豆粕の生産現場はどうなっているか。河南省のある食用油製造工場を訪れた。この工場では食用油は毎日1千トン、大豆粕は4千トンの生産能力がある。しかし、2千平方メートルの広い倉庫兼荷積み施設は空っぽ。本来山積みされているはずの大豆粕は、隅にわずかに積んであるだけ。勤続10年の従業員はこう説明する。
「今年春から通商紛争の激化を予想して、原料を米国産からブラジル産や国内産に変えました。でも必要量には足りず、経営へのダメージは計り知れません」
大豆ショックが深刻になったのは、中国の農業が抱える構造的な問題がある。中国の大豆生産のピークは2004年の1700万トン。それが翌年から減り、いまは1400万トン程度。大豆はもうかりにくいので、農家がつくらなくなったためだ。
1キログラム当たりの単価はトウモロコシの約2倍だが、同じ広さの農地から収穫できる量はトウモロコシの4分の1程度。農家は、よりもうかるトウモロコシに集中するようになった。
効率性を上げるため農地を広げようとしても多数の農家から土地を借りる地代負担が大きくなるため、小規模な農家が多い。いまから作付けを増やそうにも、タネ用の大豆の備蓄は五十数万トンしかない。栽培技術も向上しておらず、生産量をすぐに引き上げるのは難しい状況だ。
経済成長を優先する政策のもと、農業の発展は後回しにされてきた。かつての農業大国の面影はなく、いまや大豆に限らず多くの農産物を海外に依存し始めている。大豆の価格は、中国産はアメリカ産やブラジル産の1.5倍だ。中国の農業は国際競争力を失ってしまった。
畜産農家は大豆ショックをなんとか乗り切ろうとしているが、課題はたくさんある。4千頭の肥育豚と100頭の繁殖豚を育てるOさんは、飼料を大豆粕からトウモロコシに切り替えた。飼料用倉庫をのぞくと、50キロ入りの大豆粕の袋がわずかばかりしかない。
「トウモロコシの成分は炭水化物が多く、たんぱく質は少ない。肉質の良い豚を育てるには、たんぱく質が豊富な大豆粕が必要です。でも価格が急騰したので、トウモロコシを大幅に増やした。頼みのトウモロコシも、価格が上昇してきています」
トウモロコシの価格はこの数カ月で、トン当たり百元近くも上昇。明らかな便乗値上げだ。
悪いことは続く。8月初旬、家畜の伝染病である「豚コレラ」が発生した。ロシアから輸入した肥育豚から広まったとみられている。人の健康への影響はないが、消費者は豚肉を避けた。豚肉の市場価格は下がり、畜産農家を苦しめた。当局によると、これまで全国84カ所で63万頭が処分され、被害は拡大中だという。
※週刊朝日 2019年1月4‐11日合併号より抜粋
🌊 米中両国の近視眼的な関税の報復合戦の無意味さが良く分かる事件で、結局は
生産者がダメージを受けるというのが実情です。