ブログ仙岩

各紙のコラムや報道番組、読書の感想、カメラ自然探索など。

体が温まる我が家のけんちん汁

2018-11-25 06:08:34 | グルメ
一般的には大根、にんじん、ゴボウ、里芋、蒟蒻、豆腐を胡麻油で炒め、出汁を加えて煮込み、最後に醤油で味を調えたすまし汁である。地域や家庭によって、味噌仕立ての場合もある。

元来は精進料理なので、肉や魚は加えず、出汁も鰹節や煮干ではなく、昆布や椎茸から取ったものを用いた。

寒い時期に温まる我が家のけんちん汁は、ニンジンゴボウは繊切、大根は銀杏切り、豆腐は砕かずそのまま、豚肉は醤油酒に浸して軽く痛めて味噌味で煮込み、そのまま頂いた。野菜ジュース、ミカンは冷えるから朝昼の食後に。

団子料理

2018-11-23 05:54:24 | グルメ
先日仙台のFさんから届いた宮城加美町の自然食品「だんご粉」を水で丸め、鰹節めんつゆに昆布とネギの汁に団子を茹で浮き上がたら、大変美味しく頂いた。大変手軽で、病みつきになりそうな食べ物である。

だんご粉は、もち米対うるち米が6:4の粉で、大変お腹もちがよかった。

串に刺した「みたらし団子」「花見団子」は一般的だが、餡や黄な粉などまぶしたりして頂いている。

岩城の国が建国1300年

2018-11-21 06:05:51 | 問題
今月17日福島民報に「会津飯盛山白虎隊士墳墓国登録記念物へ」の見出しがのっている「あぶくま抄」に、奈良時代陸奥の国から宮城の南側が浜通りが分けられた。

石城、標葉、行方、宇田、日理の五郡と常陸の国菊田郡による国を設けた。と「続日本書紀」は記録を残す。当時の政権は陸奥の国以北に勢力を伸ばすため最前線を支え、翌年現在の6号国道のような南北を貫く陸路を整え途中10か所に馬屋を作り人や物を運んだ。

わずか3年で国は消え、再び陸奥の国に編入されたが、国司や郡役所跡は岩城の国には遺跡遺物は何一つ見つかっていない。

しかし、福島県風土記には、中世のは浜通りは南の岩城領と北の相馬領の二分されていたと。いわゆる、菊田、磐前、磐城、楢葉の南と北の標葉、行方、宇田の三郡に分かれていた。と記されている。