オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

雨つづく・・・

2021-08-15 | 弁当

8/15(日)相変わらず雨が続いている。今日の昼間は降ったり止んだりだったが、深夜はざあざあ降り。ガラス戸を閉めても雨音は耳に響いた。

川の様子を見ると、昨日よりは水嵩は低くなっていた。思ったより雨量は多くなかったようだ。

                

雨続きなのでやることもなし。「いなかじかん」が開いている日はコーヒーを飲みに行き、時々町まで買い出しに出るくらいである。そして飯つくりと、単純な営みである。

そして、雨の合間をみて畑の野菜を採って食卓に乗せるが、最後のスイカとカボチャも。小さいながらも熟れてはいた。

         

昨日は従姉を病院まで送ってから、スーパーまで行って夕食用に餃子の皮や挽肉などを買った。久しぶりに餃子を作ったが、残念ながら満足できる出来栄えでなかった。  

                   

 今日と云えば、風雨で庭を汚している落ち葉が気になり雨の小止みに庭に出た。散乱した落ち葉を拾い、箒で掃きしているうちにまたしても小雨に・・・。

済めばシャワーだと、少々の濡れを耐えて庭先の単純作業を続けた。赤いハイビスカスが咲き始めた。先月の初めか、メリーガーデンで買ってきたものだ。

             

こうして庭先で遊んで?いると時間が経つのが早い。夕食に姪の亭主RYOが来ると云うので適当なところで切り上げる。そしてシャワーを浴びた。

RYOのリクエストで「鮎すし」を作る。硬めにご飯を炊いて、鮎の仕込みをする。姿寿司なので開いて中骨をとる。それに塩をして30分ほど酢で締めた。最後に柚子酢掛けた。柚子酢を使うのは土佐風であろう。

酢飯にも柚子酢を使う。砂糖に塩、胡麻・刻みショウガ・刻み大葉で酢飯を作った。このご飯を鮎に詰めて「鮎姿寿司」の完成であるが、ラップに包んで暫く馴染ませた。

           

完成品を撮ってなかったのは残念である。

出来栄えは満足しなかったが、食事に来たRYOと妹夫妻は「旨い!」とは言ってくれた。世辞かな・・・。

他には、焼き肉・手羽元の漬け焼、軍鶏鍋にナスの煮物などであった。以上で二時間ほどの歓談。

 

今日、八月十五日は終戦記念日。毎年のように靖国神社参拝への論議が左右ばかりか、隣国からも寄せられる。

このBLOGを記している今、この時間、BS1で「特攻 知らざれる真実」という番組が流れている。八月十五日ならではである

亡父も終戦前の三か月、特攻要員として串良基地にいたと聞いている。江田島も知覧も行ったことがある。特攻で亡くなった方々の遺書の数々も拝見した。痛切な思いであった。

戦争はいけない、当たり前のことが世界から無くならない。人間は何故、何のために戦争をするのか?。矮小なことに置き換えれば、一人ひとりの人間においても、何故喧嘩をするのか?。

TVで戦争末期において、それまで特攻に遠いところにいた飛行学校の教官たちも特攻に駆り出されるようになったと流れている。

亡父から聞いたのは「教える飛行機もなくなり、教官たちも特攻に志願することにした」であった。そうせざるを得ない状況になっていたのであろう。

その亡父も、上京し機会があると靖国神社に詣でていた。その時に、合祀されているあの戦争を指導した戦犯に対して何を思っていたかは知らない。

それぞれに思いや考えがあろう。それぞれが考え、行動することを否定はできない。犯罪でない以上。

勝者から戦犯とされた、なった人々は死をもって償い、償わされた。何時までも死者を鞭打つことなかれと思いたいのだが・・・。否定か、傍観か、無視か、それも、人それぞれの考えであろう。それが可能な時代である。

 

 

 

 

 

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