お盆休み、旅行などに出かけるお宅もあるでしょうが、
我が家はそうもいきません。
主人の両親ともが亡くなったことになるので、
ご先祖様をお迎えするお盆の法要を、
我が家で執り行うことになりました。
まあ、お寺さんは呼びませんけどね。
この行事に関しては、義母が熱心な人でした。
こうしなければ!という信念を持っていた人で、
毎年同じ光景を見てきました。
夫は私より長くそれを見てきたはずです。
義母がやってきた通りのことをやればよいわけです。
しかし、夫はよりよい法要をと考え、
ネットであれこれ検索していました。
それが良かったのか悪かったのか…
調べるにつれて、
自分の母親がやってきたことの意味がわからなくなったようです。
お供えに必ず必要と言われ続けていたアイテムのことや、
自分の実家関係のご先祖を一人一人名を上げて弔っていることなど、
どこを探してもそれらを正当とする記述が見つからないのです。
少々面倒でもあるので、
夫はそれを割愛することを提案し始めました。
私に異論はありません。
しかし、それを納得しなかったのは義姉です。
「お母ちゃんの言うこと」が絶対の人ですから。
結局、私達は自分の考えを通すことにしたのですが、
13日の午後、我が家を訪れた義姉は、
夫の説明を理解できず、
お供えだけを置いて帰って行きました。
節目の集合で必ずと言ってよいほど喧嘩をする二人、
今度はかなり深刻です。
このまま、決別したりするのだろうか…
これまでならメインイベントの行われる15日に義姉は来るだろうか?
夫はその部分も割愛していたので、
それがないなら行かない、という態度を取られても仕方ありません。
「今日は何時頃来るの?」
2日前のことには触れず、夫はそんなメールを送ってみました。
『もう少ししたら寄る』
返信がありました。
で、どうなるのだろう??
その時まで不安でいっぱいでしたが、
何のことはない、
お線香をあげた後、夫と談笑し始めたではありませんか。
夫は改めて自分の考えを説明しました。
きちんとしたことをしようとしていたのが、
目にも明らかだったからか、義姉は納得をしてくれました。
そして落ち着いたら、
本山へ出向き、両親の弔いをしてもらおうと意見が揃いました。
血のつながりってこれだからなあ…
私は立ち位置に困るのよ。
まあ、終り良しとはなりました。
我が家はそうもいきません。
主人の両親ともが亡くなったことになるので、
ご先祖様をお迎えするお盆の法要を、
我が家で執り行うことになりました。
まあ、お寺さんは呼びませんけどね。
この行事に関しては、義母が熱心な人でした。
こうしなければ!という信念を持っていた人で、
毎年同じ光景を見てきました。
夫は私より長くそれを見てきたはずです。
義母がやってきた通りのことをやればよいわけです。
しかし、夫はよりよい法要をと考え、
ネットであれこれ検索していました。
それが良かったのか悪かったのか…
調べるにつれて、
自分の母親がやってきたことの意味がわからなくなったようです。
お供えに必ず必要と言われ続けていたアイテムのことや、
自分の実家関係のご先祖を一人一人名を上げて弔っていることなど、
どこを探してもそれらを正当とする記述が見つからないのです。
少々面倒でもあるので、
夫はそれを割愛することを提案し始めました。
私に異論はありません。
しかし、それを納得しなかったのは義姉です。
「お母ちゃんの言うこと」が絶対の人ですから。
結局、私達は自分の考えを通すことにしたのですが、
13日の午後、我が家を訪れた義姉は、
夫の説明を理解できず、
お供えだけを置いて帰って行きました。
節目の集合で必ずと言ってよいほど喧嘩をする二人、
今度はかなり深刻です。
このまま、決別したりするのだろうか…
これまでならメインイベントの行われる15日に義姉は来るだろうか?
夫はその部分も割愛していたので、
それがないなら行かない、という態度を取られても仕方ありません。
「今日は何時頃来るの?」
2日前のことには触れず、夫はそんなメールを送ってみました。
『もう少ししたら寄る』
返信がありました。
で、どうなるのだろう??
その時まで不安でいっぱいでしたが、
何のことはない、
お線香をあげた後、夫と談笑し始めたではありませんか。
夫は改めて自分の考えを説明しました。
きちんとしたことをしようとしていたのが、
目にも明らかだったからか、義姉は納得をしてくれました。
そして落ち着いたら、
本山へ出向き、両親の弔いをしてもらおうと意見が揃いました。
血のつながりってこれだからなあ…
私は立ち位置に困るのよ。
まあ、終り良しとはなりました。
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