年末になると、今年の漢字が発表されます。
今年は「金」でした。いいじゃないですか、景気がよくて。
私及び、我が家でこれを決めるとなると、もう、これしかありません。
壊
壊れるという字です。期待値は別、結果論としてこれしかありません。
我が家では、今年様々なものが壊れました。
形のある物から、そうでない決まり事のようなものまで。
時間を追って列挙してみましょう。
年明け、夫が職場で倒れました。
当初、血圧によるものと診断され、血圧降下剤を服用していましたが、
何度か通院するうちに実は血圧は低い方だったと判明。
ハイエンドクラスの血圧降下剤とニトロまで処方されていて危ないところでした。
春先、夫婦そろってインフルエンザ。
ゴールデンウイークの間に、私はちょっと奮発した買い物をしました。
自分用のPCが欲しいと常々考えていて、吟味の結果タブレットを購入しました。
そいつが1か月かそこらで病院送りとなりました。
インターネットが繋がらなくてはただの石板です。
治療を終えて現場復帰はしたものの今も盤石の体調とは言えない状況です。
運ですかね。
5月の終わりには、夫が職場で事故に遭遇しました。
新幹線の車両清掃をしている彼、それはグリーン車のトイレ清掃中に起こりました。
小さなごみが落ちていると思って差し出した指先に、痛みもなく刺ったのは、
インシュリン投与用の注射器でした。
ここでは少なくない事故のようですが、その後数か月、夫は検査とワクチン投与に通院しました。
もちろん、各種感染症からは回避しました。
7月の中頃、夫は原因不明の発熱と発疹、倦怠感などに襲われました。
今まで聞いたことのない病名「伝染性単核球症」と診断され、2週間入院しました。
退院後も1か月の自宅療養を余儀なくさせられました。
高額医療費の還付申請やら傷病手当の請求やらで娘が力を発揮してくれました。
そして、魔の8月です。
スマホの機種変時期だったのですが、思い切ってキャリアも変えることにしました。
リャリ変が影響したのかどうかはわかりませんが、
新しくなったスマホで不具合が続出、何度もショップに通い、設定に時間をとられました。
イチジクジャムを作ろうとした時に、
使い方を失敗して長年の相棒だった電子レンジをなくしました。
そして、ほとんど同時期にガスコンロの五徳の足が折れているのに気づきました。
調理器具受難です。
秋、重大事件が起こりました。
と言っても、そうなることはかなり前から予測はしていました。
現実になっただけです。
私が15年勤めた会社が事業形態を変えることになり、
社員全員の所属部門がなくなることが通達されました。要するに私達は解雇です。
もしそうなったときには、私はもう繊維業界にはこだわらず次の仕事を探そうと思っていました。
しかし、最後に力を示そうとしたのか、
社長は事業を引き継いでくれ、あわよくば社員の受け皿となってくれる会社を探していました。
事業と、社員の一部を受け入れる意向を示した会社があり、私は移管の対象になりました。
すぐに仕事を探さなければならない事態は免れましたが、
2か月仕事をしてきたにも係わらず、未だに覚悟は定まっていません。
新し会社に入社して1か月ほどたった時、夏の終わりから体調を崩していた母が入院しました。
検査と軽微な治療で一時は劇的に回復した母が、2週間後帰らぬ人となりました。
83歳の誕生日を迎えた直後でした。
母は酉年、年女となることなく次のステージへ向かいました。
夏に相次いだ調理器具の受難は終わってはいませんでした。
母が入院中の12月初め、今度はミキサーが、ウン!という短い断末魔を残して動かなくなりました。
単純な操作で使いやすく、こちらも長くがんばってくれたのに。
もう壊れるものは何もないだろうと思える年末押し詰まったクリスマスの夜、
風呂の湯張りができないという事態となりました。
もう、何がどうなったのか…
そんな2016年が暮れていくのでした。
今年は「金」でした。いいじゃないですか、景気がよくて。
私及び、我が家でこれを決めるとなると、もう、これしかありません。
壊
壊れるという字です。期待値は別、結果論としてこれしかありません。
我が家では、今年様々なものが壊れました。
形のある物から、そうでない決まり事のようなものまで。
時間を追って列挙してみましょう。
年明け、夫が職場で倒れました。
当初、血圧によるものと診断され、血圧降下剤を服用していましたが、
何度か通院するうちに実は血圧は低い方だったと判明。
ハイエンドクラスの血圧降下剤とニトロまで処方されていて危ないところでした。
春先、夫婦そろってインフルエンザ。
ゴールデンウイークの間に、私はちょっと奮発した買い物をしました。
自分用のPCが欲しいと常々考えていて、吟味の結果タブレットを購入しました。
そいつが1か月かそこらで病院送りとなりました。
インターネットが繋がらなくてはただの石板です。
治療を終えて現場復帰はしたものの今も盤石の体調とは言えない状況です。
運ですかね。
5月の終わりには、夫が職場で事故に遭遇しました。
新幹線の車両清掃をしている彼、それはグリーン車のトイレ清掃中に起こりました。
小さなごみが落ちていると思って差し出した指先に、痛みもなく刺ったのは、
インシュリン投与用の注射器でした。
ここでは少なくない事故のようですが、その後数か月、夫は検査とワクチン投与に通院しました。
もちろん、各種感染症からは回避しました。
7月の中頃、夫は原因不明の発熱と発疹、倦怠感などに襲われました。
今まで聞いたことのない病名「伝染性単核球症」と診断され、2週間入院しました。
退院後も1か月の自宅療養を余儀なくさせられました。
高額医療費の還付申請やら傷病手当の請求やらで娘が力を発揮してくれました。
そして、魔の8月です。
スマホの機種変時期だったのですが、思い切ってキャリアも変えることにしました。
リャリ変が影響したのかどうかはわかりませんが、
新しくなったスマホで不具合が続出、何度もショップに通い、設定に時間をとられました。
イチジクジャムを作ろうとした時に、
使い方を失敗して長年の相棒だった電子レンジをなくしました。
そして、ほとんど同時期にガスコンロの五徳の足が折れているのに気づきました。
調理器具受難です。
秋、重大事件が起こりました。
と言っても、そうなることはかなり前から予測はしていました。
現実になっただけです。
私が15年勤めた会社が事業形態を変えることになり、
社員全員の所属部門がなくなることが通達されました。要するに私達は解雇です。
もしそうなったときには、私はもう繊維業界にはこだわらず次の仕事を探そうと思っていました。
しかし、最後に力を示そうとしたのか、
社長は事業を引き継いでくれ、あわよくば社員の受け皿となってくれる会社を探していました。
事業と、社員の一部を受け入れる意向を示した会社があり、私は移管の対象になりました。
すぐに仕事を探さなければならない事態は免れましたが、
2か月仕事をしてきたにも係わらず、未だに覚悟は定まっていません。
新し会社に入社して1か月ほどたった時、夏の終わりから体調を崩していた母が入院しました。
検査と軽微な治療で一時は劇的に回復した母が、2週間後帰らぬ人となりました。
83歳の誕生日を迎えた直後でした。
母は酉年、年女となることなく次のステージへ向かいました。
夏に相次いだ調理器具の受難は終わってはいませんでした。
母が入院中の12月初め、今度はミキサーが、ウン!という短い断末魔を残して動かなくなりました。
単純な操作で使いやすく、こちらも長くがんばってくれたのに。
もう壊れるものは何もないだろうと思える年末押し詰まったクリスマスの夜、
風呂の湯張りができないという事態となりました。
もう、何がどうなったのか…
そんな2016年が暮れていくのでした。