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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

イスラムの台頭と聖書の預言 第8課

2016年02月19日 | 日記

    聖徒たちの報い

世界の大都市の抱える問題はどういったものか、皆さんご存知ですか。この世界のいろいろな大都市で現在イスラム人口がどんどん増加して行っているのです。フランスのパリでは、イスラム人口が多くてお祈りの時間になったら、ある個所の交通がストップしてしまうような、麻痺してしまうようなことが起こっています。ニューヨーク、ロスアンゼルスでもこういうことが起こってきています。いろんな問題を抱えているわけですね。私たちは今、現在第三の災いの期間に来ているということが出来ます。しかし、この第三の災いの期間にキリストはおいでになって、世界に最後の裁きを下されるのです。

同時に神様はご自分の民、聖徒たちに報いをお与えになります。神さまの言葉を信じ受け入れてきた人たちに、良い報いをお与えになります。神様を信頼し、信じて信頼を置くならば、神様があなたを報いられると聖書は約束しています。その報いの時が間もなくやって来ます。今、前途にいろんな経済危機を抱えていますね。私たちの世界は経済的に全部つながっていて一つになっているんです。

以前キプロスで起こった経済危機を、覚えていらっしゃいますか。ヨーロッパ中央銀行がこのキプロスという国の個人の貯蓄を押さえようとしたんです。そしてこのヨーロッパ中央銀行によって、キプロスの人々の個人的な貯蓄が15%から20% 押さえられてしまったんです。なぜなら、キプロス政府が負債を支払うことが出来なかったからなんです。そのためにヨーロッパ中央銀行が、個人の銀行預金を差し押さえたわけです。

ポルトガル、スペイン、イタリア、ギリシャと言った国々にも、この問題が飛び火するだろうと言われています。日本は安全だと思いますか。韓国はどうでしょうか。私たちは同じツボの中にいるようなものです一つの経済圏内に生存しているのです。そういった中で次から次へといろんなことが起こってきています。そして、一瞬にして、一斉に世界経済の破綻を迎えることでしょう。ほかに選択肢がないのですから。

皆さんが、私の言っていることが真実か否かを判断していただきたいのです。ほかに選択肢はないんですよ。それに加えて、いろいろな自然災害が続いて起こるでしょう。さらに大規模な災害が起こるでしょう。次から次へと起こってくるでしょう。日本はどうでしょうか。東日本大災害に勝る災害が起こらないとは限らないわけです。

私が皆さんだったら、神様と神様の言葉を信じ、そこに信頼を置くことにします。私だったら、神様に自分自身と自分の家族をゆだねたいと思います。イエス様が間もなくおいでになりますから。時間があればもっと申し上げたいことがあるんですけれど・・・。

様々な疫病も私たちの世界を脅かしています。そして、自然災害、洪水がいたる所で起こっています。この世界は大きな問題を抱えています。さらに聖書では、最後の七つの災害についても述べています。この世界は本当に汚染し腐敗した状態にあります。これは私たちが永遠に住居とする場所ではなくなっています。創造主なる神様に、ぜひとも救出していただかなければなりません。

 


イスラムの台頭と聖書の預言 第7回

2016年02月18日 | 日記

 第三の災い

 日本の皆様に申し上げたいことがあります。皆さんがクリスチャンであろうとなかろうと、プロテスタント教会に属していようとカトリック教会に属していようと、男性であろうと、女性であろうと、そういったことは関係ないのです。聖書を信じようと信じまいと、神様が聖書で言われたことは、常にその通りになります。そして皆さんの運命は、聖書に述べられたことに従って決まっていきます。私が皆さんの立場にいたら、私だったら、聖書を信じることにします。

 ここで、第三の災いについて述べたいのですけれども、黙示録11章の14節から19節にそのことが述べられています。

第一、第二の災いでは、神様はイスラム勢力を用いて、背教した教会を助ける国家を罰せられました。第三の災いにおいても、背教した教会、背教した国家を罰するためにイスラム勢力を起こされます。その時は、第三の災いが襲うときというのは、イエス様が再臨される直前のことになります。

「第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。第七の御使いが、ラッパを吹き鳴らした。すると大きな声々が天で起って言った、『この世の国は我々の主とこのキリストとの国となった主は世々限りなく支配なさるであろう』」(黙示録11:14、15)。この世の国がキリストの国となった。これが世の終わりです。

18節を見て下さい。「諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。そして、死人をさばき、あなたの僕なる預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」(黙示録11:18)

聖書によると、これは裁きと報いの時であると述べています。神様は地を滅ぼす者を滅ぼされます。人間が造った原子爆弾、水素爆弾、いろんな恐ろしい武器、この地球を滅ぼす力を持っていますよね。過去何千年にわたって、現在あるような地を滅ぼす威力のある武器と言うのは造られていませんでした。ありとあらゆる武器が、この世には存在します。神様は世界を裁き、救うために来られるのです。このようなときに私たちの命を保ち、私たちが神様の救いを受けることが出来るように、神様の言葉を研究して確信に至るようになるために、神様は今、地の四隅の風(黙示録7:1~3)と言われる大艱難を引き止めておいでになります。

ですから、今のこの時間を無駄にしてほしくないのです。神様の恵みによって今、私たちの命は延ばされています。それは私たちが救われる機会をつかむためなのです。間もなくイエス様はおいでになって、この地を征服、支配なさいます。この地を滅ぼそうとしてきた人たちを滅ぼされることでしょう。

その時に、真の教会を滅ぼそうとしてきた背教の教会も滅ぼされることになります。彼らはバビロンのぶどう酒をもって、いろいろな教会を酔わせ麻痺させてきました。様々な誤った教え、誤った偽物の福音を通して・・・。

そういう誤った教えで、教会と教会に属する魂を滅びに至らせてきたんです。しかし、神様はそのことを覚えておいでになります。そして再びおいでになって、それぞれに報いを与えられます。

この神様の裁きである第三の災いを見てみましょう。この顔ご存知ですね。彼は殺害されたと言われていますけれども、イスラム過激派のリーダー、オサマ・ビン・ラビンと言う人ですね。9.11のこと覚えていらっしゃいますよね。あのニューヨークの高層ビル、ツインタワーが一日のうちに、アッと言う間に崩されました。あの一つの出来事が世界の人びとを震撼させましたね。この一つのテロ事件によって、私たちは世界旅行するのが以前よりも困難になってしまいました。

このイスラム勢力が再び起こって、背教した教会、背教した国を攻撃してきたものです。第三の災いが起きてきたのです。新たなイスラム勢力が起こって、背教したた国々、教会を攻撃してきました。今、世界は大きな問題を抱えています。ニューヨークの高層ビル爆破などによって、新たなイスラム勢力が起こって、第三の災いが始まったと言うことを全世界の人々に知らしめたわけです。

イラク戦争、アフガニスタン戦争、覚えていらっしゃいますよね。こういった戦争が、世界のあちらこちらで見られます。世界のあちらこちらでテロ事件が起きています。イスラム勢力がキリスト教勢力に戦いを挑んでいるわけです。多くの命が犠牲になりました。これはある意味で宗教戦争なのですね。そして、多くの人たちがこのイスラム勢力に戦いを挑もうと誓いをたてました。

 


イスラムの台頭と聖書の預言 第6回

2016年02月17日 | 日記

  オスマン帝国滅亡の預言

ここで、本当に驚くべきことがありまして、私たちが神様の預言に信頼を置くようになるために、聖書はこういった数学的計算をあえて書いているわけです。この聖書の預言を知ったとき、私は本当に大きな驚き、感動を覚えました。この最初の災いにおいて、5カ月間すなわち150年ですね。そこなわれ痛めつけられる期間が続いたのですけれど、この期間が終わったのが1449年7月27日のことでした。この期間に391年と15日を足すだけでいいのです。その計算の数字の後に、イスラムの権力が終わりを告げるというんです。

391年と15日の期間だけイスラムの軍隊が、ローマを痛めつけてもよいと、神様はお許しになったわけです。その計算をしていきますとその期間が終わるのが、1840年8月11日となります。その日1840年8月11日に何が起こったでしょうか?皆さんきっと聞いたら驚かれることでしょう。これは歴史が証明している実際の出来事です。過去の歴史においてほんとうに起こったことです。なぜでしょうか。聖書がそのように言っているからです。聖書の預言というのは信頼に値するのです。

1838年に、バプテスト派の牧師ジョサイヤ・リッチという人が(彼は本当に勇敢な人だったんです)、ある大胆な発表をしました。この聖書の三つの災いの預言から、大胆な解釈をしたのです。数学的計算をコツコツやって、この日にちを打ち出したわけです。何度も何度も研究しました。そして、これは間違いではないという確信に至りました。預言の成就から2年前にあたるんですけれど、1838年に、この大胆な発表をしたんです。予告をしました。

当時のオスマン・トルコの帝国は、現在のアメリカ合衆国のような権力を持っていました。この世界において強力な国だったわけですね。そのような中にあってジョサイヤ・リッチという人がある宣言をしたのです。予告をしました。1840年8月11日に、このオスマン帝国、イスラム勢力は終焉を迎えると。何という大胆な予告でしょうか。私だったらそんなこと出来ませんけれど。皆さんだったらどうですか。もしその通りにならなかったら、大変な目に合いますよね。当時もいろいろな人たちが、もうあの人は頭がおかしいと思いました。しかし、それは聖書の預言に確信を持っていて、その聖書にもとづいて大胆な発言をしたわけです。

1840年だけでなくて、8月11日と言ったのですから、多くの人たちが彼をあざ笑い馬鹿にしました。この気ちがいじみた予告について、いろいろな記事を書く人がいました。あざ笑う記事です。彼の予告を嘲笑する漫画まで作られました。

当時アメリカ合衆国にはいろいろな紳士の集い、クラブがありました。彼らは神様も聖書も信じない無神論者でした。彼らもまた、ジョサイヤ・リッチを馬鹿にして笑いました。そして、もしこのジョサイア・リッチの予告通りにことが成就したなら、我々も神と聖書を信じようという宣言をしました。その宣誓をした紳士が3千人ほどいたんです。当時は男子に二言はないという風潮の時代だったのですね。男の言ったことは金の大きな塊のような、金塊の価値がありました。当時の紳士は、言った言葉は必ず守る、そういうものだったのです。今は違っていますけどね。今の男の言葉は価値が下がっています。非常に情けない状態ですけれどね。

しかし、当時は違っていました。ほんとうに、いわゆる高貴な人たちだったのですね。そして、1840年が来て、1月が過ぎ、2月が過ぎ、3月、4月、5月、6月が過ぎました。7月が終わりました。奇妙なことが起こってきました。エジプトがオスマン帝国の領土を攻撃し始めたのです。当時エジプトの主な宗教はイスラム教でした。そのエジプトが、トルコに刃向かって、そこを攻撃してきたわけです。その出来事を見たヨーロッパ諸国は、あ、もう一つのイスラム国家が起こって、その強力なイスラム国家をやっつけて奪おうとしていると思いました。これは何とかして止めなければならないという気運が高まりました。オーストラリアとかプロシヤとか、当時のヨーロッパの国々がこの動きを止めようとしました。同盟を組んで、エジプトに大使を送りました。トルコを攻撃してはいけないと言ったわけです。

トルコもヨーロッパに大使を派遣して、どうぞ私たちを助けて下さいと願い出てきました。そこで、ヨーロッパ諸国は同盟を組んでエジプトに向かって、もしトルコを攻撃するなら我々は黙っていないぞ、お前たちを攻撃するぞと言いました。

エジプトは怖くなったわけです。そのヨーロッパ同盟がエジプトに大使を送ったときに、その大使の乗った船が嵐にあいまして、到着するのが困難になったわけです。エジプトのカイロにやっとたどり着いたその日がいつだったかご存知ですか。1840年8月11日でした。そこでトルコの攻撃を止めなさい、そうしなければ、我々が攻撃するぞと言ったわけですね。その大使からの警告を聞いて、エジプトはそれに屈して受け入れました。

ところがその同じ日、1840年8月11日にオットマン帝国の権力が終わりを告げました。自分たちの権力を、ヨーロッパ諸国に明け渡したのです。正確に1840年8月11日にそのことが起こりました。多くの人たちは衝撃を受けました。どうして、この世界的な事件を一人のバプテストの牧師が預言出来たんだと思ったのです。しかし、それは神様が聖書で述べておられたことでした。聖書はそのことを預言していたんです。ジョサイア・リッチがしたことは、神様の言葉を信じて受け入いれたことだけでした。

この予告通りのことが起こったら、自分たちも神様と聖書を信じると宣誓した、3千人の紳士たちはどうなったと思いますか。全員クリスチャンになりました。彼らは高貴な心の紳士だったわけです。本当の紳士でした。当時大きなセンーションをまき超しました。

神様はなぜ聖書の中にこのような預言を記録しておかれたのでしょうか。私たちが神様の言葉に信頼を置くことができるようになるためでした。神様が聖書で言われたことは、その通りになると私たちが、信じることができるようになるためでした。

 


イスラムの台頭と聖書の預言 第5回

2016年02月16日 | 日記

   イスラムのヨーロッパ支配

当時の背教した教会とはどの教会でしょうか。ローマ法王教、カトリック教会以外の何物でもありません。この教会は、異教の様々な偶像礼拝の教え、慣習をキリスト教に取り入れて、まぜこぜにして、聖書の真理からかけ離れた教会を築いていったものでした。このローマ教会がキリスト教全体を変えてしまったのです。

しかも、神様の真理、神様の民に対して反逆し、神様の民を迫害する側に回りました。中世時代にローマ・カトリック教会が迫害して殺したクリスチャンの数は5千万人から1億人に及んだと言われています。では過去にイスラムの軍隊が、背教した教会を襲って危害を加えたことがあったでしょうか。歴史がそのことを証明しています。その通りなんですね。1299年8月27日から1449年7月27日まで、イスラム勢力が東ローマ帝国を攻撃したわけです。そしてついには、イスラムがヨーロッパの国々の王位を継承する許可を与えるほどになりました。東ローマ帝国がイスラムの膝元に屈する時まで、こういった状態が続いたわけです。

ローマ法王教に対して、東ローマ帝国に対して、イスラムの攻撃は150年間続きました。そういった歴史を見ると、私たちは預言が実際に成就したことを、過去の歴史の証拠から見てとることが出来るわけです。神様ご自身がイスラム勢力が台頭するのをお許しになってローマ法王教、ローマ帝国を攻撃し、その力を弱めるように導かれたわけです。

黙示録9章12節にはこのように書かれています。「第一の災いは過ぎ去った。見よ、この後なお二つの災いがくる」と。この神様の言葉によると、背教した教会、背教した国家に対する神の災いはすでに過ぎ去った。しかしなお二つの災いが、将来やってくると言っているわけです。

14節には次のように書かれています。「ラッパをもっている第六の御使いにこう呼びかけるのを私は聞いた。『大ユフラテ川のほとりにつながれている四人の御使いを解いてやれ』」。ここで言われている四人の御使いというのは、イスラム勢力の四人の主だった指導者なんです。この四つの勢力、イスラム内の四つの勢力が結合して、さらに強力なものになっていきました。15節を見ると「その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使いが人間の3分の1を殺すために解き放たれた」これはどういう意味でしょうか。

3分の1であってすべてを殺すためではなかったということです。しかも、その攻撃期間というのは、1時間、1日、1月、1年でありました。このことを覚えておいて下さい。17節をお読みします。「そして、幻の中でそれらの馬と、それに乗っている人たちを見ると、乗っている者たちは、炎の色と青玉色と硫黄の色の胸当てをつけていた。そしてそれらの馬の頭は獅子の頭のようであって、その口からは火と煙と硫黄とが出ていた。」ここに3つのことが描かれています。

まず第二の災いにおいて、四人のイスラムの勢力の主だった人たちが、解き放たれてイスラム勢力を盛り上げたわけです。その結果、彼らが東ローマ帝国を痛めつけて、攻撃してそれが1年、1カ月、1日、1時間続いたと言うわけです。彼らは様々な武具を見につけていました。胸当てですね。非常に合理的な武具を身に着けていました。そして馬を見ると、その頭はライオンの頭のようだと書かれていますね。そしてその獅子のような顔の口から火と煙と硫黄とが出ていたと言うのです。非常に奇妙ですよね。これが第二の災いの描写です。黙示録の幻でヨハネが見せられた、これは、まぎれもない軍隊で使われた大砲のことだったのです。こういった大砲という武器を用いた最初の軍隊が、イスラムの軍隊でした。こういった大砲を馬で引っ張ってきて、敵地に向かって大砲を打ち込むわけです。

獅子の顔のような口から、煙、火、硫黄が噴出されたと、そのような描写がなされています。そしてその大砲の弾が敵の基地に届いた時には、爆発して多くの人を殺すわけです。そういった驚くべき勢力を描くのに、ヨハネはあのような描写をしたわけです。そして、過去の歴史において、黙示録の預言通りのことが、期間を含めて正確に成就しました。この記述について見ていただきたいのですけれども、1年、聖書の預言で1年は360年です。なぜならユダヤカレンダーではひと月というのは30日でした。そういった観念を基に計算していきましょう。1年は360日です。ひと月というのは30日、360プラス30、いくつになりますか?390日で390年ですね。聖書の預言では、象徴的に1日は1年を表わします。ひと時は1時間です。預言の計算では、1日は24時間ですから、1時間はその24分の1、預言の計算では360÷24で15日に当たります。聖書の預言のひと時、1時間というのは15日です。それを全部足していきますと391年と15日に当たります。

 


イスラムの台頭と聖書の預言 第4回

2016年02月15日 | 日記

三つの災いとイスラム勢力

  最初の四つのラッパの範囲内に描かれているのは、西ローマ帝国の滅亡です。神様はご自分の教会を保護するために、あるいは、背教した教会を罰するために、背教した国を罰するために、様々な国々の戦争や、政治的なやり取りをお許しになっています。ある時には教会の敵を滅ぼすために、あるいは教会を守るために神様はそういう働きかけをなさっているわけです。

最初の四つのラッパの中では、西ローマ帝国の滅亡が述べられています。そして、聖書は第五、第六、第七のラッパについて、三つの災いと言っているのです。

黙示録8章の13節をお読みします。「また、私が見ていると、一羽のわしが中空を飛び大きな声でこういうのを聞いた『ああ災いだ、災いだ、地に住む人々は災いだ。なお三人の御使いがラッパを吹き鳴らそうとしている』」。聖書は、この第五、第六、第七のラッパとは、地に住む人々に臨む三つの災いであると言っているのです。私たちは、このことを理解する必要がありまあす。神様がいかに地上歴史を導いてこられたか私たちが理解するために、そして、そういったことについて洞察を与えるために、聖句を示しておられます。そして世の終わりについて考えさせ、いったい私たちはどのあたりにいるのかという洞察を与えてくれます。

聖書には、「災い、災い、災い」、と三回繰り返し書かれていますね。この、災いとは背教した教会を手助けする国々、つまり神の民を反対し迫害してきた教会、国々に対する神様の裁きを象徴しています。先ほど申し上げましたように、第一の災いと言うのがこの七つのラッパのことで、そのことが黙示録9章の1節から12節に描かれています。詳しくは申し上げられませんけれども、この中に興味深い記述があります。4節をご覧ください。「彼らは地の草やすべての青草、また、すべての木を損なってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと言い渡された」。興味深いのは、この七つのラッパというのは、過去に起こった出来事について述べたものなんですね。そして、過去において神様の言葉が実際にそのようになったということが、イスラム世界で起こりました。

アブバカールという将軍がいまして、そのころイスラムの軍隊を組織して、ローマ帝国に対抗しようとした動きがあったのですね。彼らが言った有名な言葉があります。「コーランか。剣か」と。強力な恐るべき軍隊でした。その将軍であったアブバカールと言う人が兵士たちに向かってこう命じました。「その土地や村を征服したときに、その土地で出来る野菜や果物に害を加えてはいけない、そこにできる青物に害を加えてはいけない。果樹に害を加えてはいけない。自分の食糧のため少しはそこから取ってもよい」と、そういった戦争の状況にあって、このイスラムの軍隊はそういう意味においては紳士的であったと言えるんですね。昔、イスラムの軍隊がそういう秩序で動いていた時代があったのです。およそ1400年代のことでした。大昔ですね。それから兵士たちに向かって、その将軍はこのようなことも言いました。

「髪の毛をそったクリスチャン、神殿にいるキリスト教徒に出会ったときには、特に森の奥まった修道院に住んでいる、髪をそったクリスチャンに出会ったときには、彼らの頭蓋骨を叩き割ってしまえ。しかし第7日を安息日として守っているクリスチャンに出会ったときには害を加えてはいけない」。これは非常に奇妙な言葉ではないでしょうか。

そういった形で1400年代のイスラムの軍隊は、東ローマの教会、国々を大いに苦しめました。聖書によれば、5か月の間、そういった状態で苦しめることが許されたとあります(黙示録9:5)。ここで聖書の預言を象徴的に解釈するときには、一日は実際には一年を表わしています。ですから5か月は聖書の象徴的な預言解釈で言えば150年になります。ユダヤ人の観念では1か月は30日で、5か月は150日、預言的に解釈すれば150年となります。

黙示録9章7節を見ると、興味深いことが書かれています。「これらのいなごは、出陣の用意の整えられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようで」あった。使徒ヨハネが幻で見たものは、見せられたものは、人間だったのですね。しかも軍隊でありました。この軍隊は頭に金の冠のようなものをかぶっていたというわけです。そしてイナゴのように、出陣の用意の整えられた馬のように戦争に出て行ったというわけです。ヨハネが見た光景は、どういう意味があるのでしょう。

ある国ではいなごの大群が押し寄せてきて、農作物を食い荒らすことがあります。そういうときはある音がするのです。恐るべき音です。「ウウウウゥー・・・」。このイナゴがやってくる音は、本当に身の毛のよだつような音だそうです。ヨハネは未来を見せられた預言の中で、軍隊が、奇妙な音を立てながら押し寄せていくのを見たわけです。さらにこの軍隊の特徴が描かれています。8節を見ると「その髪の毛は女のようであった」とあります。女性のような長い髪を、この兵士たちはしていたのでしょうか。そして9節を見ると「鉄の胸当てのような胸当てをつけており、その羽の音は馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった」とあります。さらに10節には、サソリのような痛みを与えるものであったとあります。

イスラムの軍隊は、滅ぼし殺すためではなく、苦しめるためだったのです。しかも5か月間、預言の象徴で言うならば150年間痛めつけるものでした。当時のオスマン帝国、イスラムの軍隊と言うのは、まさにそういう恰好をしていたのです。馬に乗って、人々が恐れおののくような音を立てながら襲ってきました。頭にはターバンをかぶっていました。このようすを幻で見たヨハネには、金の冠のように見えたのです。ほかに描写の仕様がなかったのですね。

東ローマに害を加えるために襲って来たイスラムの軍隊を、ヨハネは幻で見せられたわけです。イスラムの多くの軍隊の長官たちは、女性のような長い髪をしていました。この軍隊、幻に描かれているのは、まさしくこの軍隊であるということを示すヒントを、いくつも私たち見て取れるわけです。そして、この戦場に向かう軍隊の兵士たちは、色んな色の軍服を着ていました。ヨハネは実際にこのようすを幻に見せられて、彼が見たものを預言の書に描いたわけです。頭に冠をかぶっているような姿ですね。馬に乗っています。聖書の預言の描写に酷似しています。

最初の四つのラッパは、背教した教会を手助けした西ローマ帝国に対する神様の裁きについて描かれています。第五、第六、第七のラッパは三つの災いと呼ばれています。これらの三つの災いというのは、東ローマ帝国に臨む神様の裁きでした。