今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

彦根城 その2(滋賀県彦根市金亀町)

2014年12月01日 | 


天守を見たあと、かつて着見櫓があったという、「着見台」という展望台に足を運ぶ



軍師勘兵衛ではすっかり悪人になっている石田三成の居城があった佐和山が見える
先週の軍師勘兵衛放映後、私のブログ「観音護国寺」への訪問者が増えている



着見台から見える天守。ここからの姿も美しい



案内図を手に西の丸方向に歩いてみる。この場所は初めてとなる

西の丸三重櫓(重要文化財)
本丸の西側にある西の丸の一番はずれにある三重櫓
三層部分は、監視と見張り用に窓があるが、1・2層は攻撃用として城外側だけに窓がある



装飾的な破風などはないが、簡素で気品ある櫓となっている



櫓内部も公開されている。壁は防火や防弾のために厚い土壁になっている
三層部分は四方に見張り用窓がある



櫓の内面は柱を見せる「真壁造り」、外面は柱などを土壁で完全に塗り込める「大壁造り」



外から三重櫓を見るとこのようになっている



城外側から見ると、各層に攻撃用の窓が確かにある



石垣の高さも10m以上はある



大堀切
敵の侵入を阻止するため、屋根を断ち切るように大堀切が設けられている



私の前に歩いていた3人の女子高生に、教師が話していた内容を立ち聞きしてしまった。といっても石垣についてである



「石をよく見てご覧。削られたあとがあるよね。」「ホントだ」 
つい、私も「本当だ」と心で叫んでしまった。
この石垣は、石工集団として知られる「穴太衆(あのうしゅう)が築いたと伝えられている



黒門橋から内堀沿いを歩く。歩数計によるとすでに1万歩以上歩いている。



槻御殿(けやきごてん)
木材はすべて槻(ケヤキ)でその華麗さは各大名も驚嘆したという。井伊直弼はここで生まれた



 





「地震の間」
耐震構造の建物であるため呼ばれているが、当時は茶の湯用いる「茶屋敷」だった






堀を泳いでいた黒鳥。黒鳥を見たのは初めてだ。


 
撮影 平成26年10月18日

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