法隆寺東院伽藍拝観後に中宮寺に立ち寄る
受付所の右横からなかの様子を覗うことができる
ここで写真を撮って戻るか、拝観料を払うか迷うところである
中宮寺参拝は2回目になるが、目にすることができるのは国宝の仏像だけということもあり私も迷ったが、以前来たとき受付所の人の対応が良かったので入ることにした
中宮寺
聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺
法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われる
宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗になったが、大和三門跡尼寺の随一としてその伝統を伝えている
創建の飛鳥時代から1300年の長きに亘り、尼寺の法燈を続けておるのは中宮寺だけといえる
大玄関
受付所の前に木々が植えられているが、尼寺の気配りなのか、札に名称が書かれぶら下げられている
写真を撮る側からすると、ないほうが有り難いのだが
小さな門の先が短い参道になっているが花の季節には鮮やかな山吹色に染まるようだ
表御殿
江戸中期(元禄年間)の書院建築
2007年~2008年に大規模な修復が行われた
11月中旬の気候とは思えないほど暖かく半袖になる女性もいた
本堂
本堂は高松宮妃の発願で昭和43年(1968年)に建立した和風の現代建築
この日は団体客が多くゆっくり拝観できるまで外で待つことにした
中宮寺は法隆寺東院伽藍に隣接しているため「伝法堂(国宝)」や「夢殿(国宝)」の一部も見ることができる
団体客が去ったので中に入る
木造菩薩半跏像(国宝)を拝観するのは2度目であるが本当に美しい
左・中央・右と場所を移動しながら説明用に流されているテープを4回も聴いてしまった
ここには、天寿国繍帳残闕<国宝・複製>も展示されているので左前に位置していると説明を良く理解することができる
本堂入り口前の池には「亀」が…… 親亀の背中に子亀をのせて~
会津八一歌碑
みほとけの あごとひぢに あまでらの
あさのひかりの ともしきろかも
中宮寺にいるだけで、とても落ち着いた気持ちになる。最後の一枚は本堂
撮影 平成25年11月17日
受付所の右横からなかの様子を覗うことができる
ここで写真を撮って戻るか、拝観料を払うか迷うところである
中宮寺参拝は2回目になるが、目にすることができるのは国宝の仏像だけということもあり私も迷ったが、以前来たとき受付所の人の対応が良かったので入ることにした
中宮寺
聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺
法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われる
宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗になったが、大和三門跡尼寺の随一としてその伝統を伝えている
創建の飛鳥時代から1300年の長きに亘り、尼寺の法燈を続けておるのは中宮寺だけといえる
大玄関
受付所の前に木々が植えられているが、尼寺の気配りなのか、札に名称が書かれぶら下げられている
写真を撮る側からすると、ないほうが有り難いのだが
小さな門の先が短い参道になっているが花の季節には鮮やかな山吹色に染まるようだ
表御殿
江戸中期(元禄年間)の書院建築
2007年~2008年に大規模な修復が行われた
11月中旬の気候とは思えないほど暖かく半袖になる女性もいた
本堂
本堂は高松宮妃の発願で昭和43年(1968年)に建立した和風の現代建築
この日は団体客が多くゆっくり拝観できるまで外で待つことにした
中宮寺は法隆寺東院伽藍に隣接しているため「伝法堂(国宝)」や「夢殿(国宝)」の一部も見ることができる
団体客が去ったので中に入る
木造菩薩半跏像(国宝)を拝観するのは2度目であるが本当に美しい
左・中央・右と場所を移動しながら説明用に流されているテープを4回も聴いてしまった
ここには、天寿国繍帳残闕<国宝・複製>も展示されているので左前に位置していると説明を良く理解することができる
本堂入り口前の池には「亀」が…… 親亀の背中に子亀をのせて~
会津八一歌碑
みほとけの あごとひぢに あまでらの
あさのひかりの ともしきろかも
中宮寺にいるだけで、とても落ち着いた気持ちになる。最後の一枚は本堂
撮影 平成25年11月17日
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