今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

萬固山 天徳寺(秋田県秋田市泉三嶽根10-1)

2024年04月24日 | 神社・仏閣
訪問日 令和5年10月19日

萬固山 天徳寺
曹洞宗の寺院
寛正3年(1462年)当時の佐竹家当主佐竹義人が夫人を弔うため、常陸国久慈郡太田村(茨城県常陸太田市)に創建
佐竹氏の秋田への国替えに伴って秋田に移された



寛永元年(1624年)総門を残して全焼したため、翌年、現在地である秋田郡泉村の泉山に移された
その後、延宝4年(1676年)に再び火災が起こり、総門と山門を残して全焼
9年の月日をかけて再建され、現在に至る



総門(重要文化財)
切妻造瓦葺きの四脚門
延宝4年(1676年)の火災をまぬがれ、現在地に移築された



扁額には山号の「萬固山(まんごさん)」



参道には古い石畳が敷かれ、その両脇には約120本もの松が生い茂っている



天徳寺に向かう途中、予報通り雨が降り出し駐車場で小雨になるまで待機していた
総門には一番楽しみにしていた茅葺屋根の本堂が工事中との案内もあった(落胆)



山門(重要文化財)
宝永6年(1709年)の建立
三間一戸(柱間が3間で中央1間を通路とする)、瓦葺きの楼門



久保田藩主(秋田藩主)佐竹家の菩提寺
秋田県知事の佐竹 敬久氏は、佐竹北家の末裔で21代目にあたる



仁王像(秋田市指定文化財)
仁王像のある各寺院で撮っているが、ここもハードルが高い



強い雨で身動きがとれなくなったので工夫してみた
撮っている姿は完全に不審者で他に参拝者がいなくて良かった
過去にその姿を見た警官に職務質問を受けたこともある



桂材の寄木造で高さ3.2m 九代藩主 佐竹義和の命令によって造られ、寛政9年(1797年)に完成
制作者は京都の大仏師・七条左京(台座に墨書)






本堂(重要文化財)
貞享4年(1687年)の建立
入母屋造、茅葺き、間口約30メートルの大建築
内部は左右4室・前後2列の8室に分かれ、前面に板敷きの内縁がある
建物の正面右側に玄関、背面左側に開山堂が付属する



平成28年(2016年)に訪れた時、茅葺屋根が美しかったという記憶があり、今回の再訪になった
山門から先は工事のため立入禁止になっていて本堂の様子は分からないが、屋根は新しくなっていた

平成28年(2016年)に訪れた時の天徳寺<過去写真>
萬固山 天徳寺(秋田県秋田市泉三嶽根) - 今、出発の刻(たびだちのとき)

萬固山 天徳寺(秋田県秋田市泉三嶽根) - 今、出発の刻(たびだちのとき)

久保田藩主佐竹氏の菩提寺であるという雑誌の情報を頼りに訪れた寺である専用駐車場に車を駐め、門を見た瞬間、期待できると思った萬固山天徳寺寛正3年(1462)、佐竹家当主...

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佐竹家霊屋(重要文化財)にも近寄ることはできなかった



小降りだった雨も豪雨に
この先、数日間、東北地方は雨予報ということもあり旅を終え、自宅に戻ることにした



撮影 令和5年10月19日

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