鳥取東照宮
江戸時代の慶安3年(1650年)の創建より因幡東照宮と称されていた
明治7年(1874年)から平成23年(2011年)までは樗谿神社(おうちだに)と称され現在に至る
鳥居
扁額には「東照宮」
初めて訪れる神社なので、鳥居から社殿に向かうまでの風景を楽しむ
これまで各地で東照宮を参詣したが、ここは他と違う雰囲気が感じられた
手水舎
随神門
随神門の先に社殿が見える
長くもなく、短すぎないこの参道の距離感、社業の中を歩く爽快感で胸が高鳴る
拝殿・幣殿(重要文化財)
慶安3年(1650年)建立
金箔で飾られているいつもの東照宮ではなく、落ち着いた感じがとてもいい
唐門・本殿(重要文化財)
慶安3年(1650年)建立
拝殿と本殿の建物が離れ、その中央を自由に行き来できるのも珍しい
鳥取藩初代藩主池田光仲によって造営された
光仲は3歳で藩主となり、慶安元年12月(1649年)藩主となって16年目にして初のお国入りを果たした
この際、藩主としての威厳を示すため、幕府に願い出て鳥取城下への東照宮勧進を許可された
祭神は、主神として東照大権現を祀り、配神として池田忠継・忠雄・光仲・慶徳を合祀
光仲が曾祖父・家康を追慕しての東照宮勧進でもあり、かつては豊臣系大名の雄として知られた池田氏が幕府への恭順の意を示すための勧進でもあった
重要文化財の「拝殿・幣殿」「唐門・本殿」
参拝者がいたので写真を撮った後にお参りをする
拝殿の階段の上から随神門を眺める。石畳に石灯籠、時代劇のシーンのように美しい
「神門」へと続く参道を歩く
撮影 平成30年10月26日
江戸時代の慶安3年(1650年)の創建より因幡東照宮と称されていた
明治7年(1874年)から平成23年(2011年)までは樗谿神社(おうちだに)と称され現在に至る
鳥居
扁額には「東照宮」
初めて訪れる神社なので、鳥居から社殿に向かうまでの風景を楽しむ
これまで各地で東照宮を参詣したが、ここは他と違う雰囲気が感じられた
手水舎
随神門
随神門の先に社殿が見える
長くもなく、短すぎないこの参道の距離感、社業の中を歩く爽快感で胸が高鳴る
拝殿・幣殿(重要文化財)
慶安3年(1650年)建立
金箔で飾られているいつもの東照宮ではなく、落ち着いた感じがとてもいい
唐門・本殿(重要文化財)
慶安3年(1650年)建立
拝殿と本殿の建物が離れ、その中央を自由に行き来できるのも珍しい
鳥取藩初代藩主池田光仲によって造営された
光仲は3歳で藩主となり、慶安元年12月(1649年)藩主となって16年目にして初のお国入りを果たした
この際、藩主としての威厳を示すため、幕府に願い出て鳥取城下への東照宮勧進を許可された
祭神は、主神として東照大権現を祀り、配神として池田忠継・忠雄・光仲・慶徳を合祀
光仲が曾祖父・家康を追慕しての東照宮勧進でもあり、かつては豊臣系大名の雄として知られた池田氏が幕府への恭順の意を示すための勧進でもあった
重要文化財の「拝殿・幣殿」「唐門・本殿」
参拝者がいたので写真を撮った後にお参りをする
拝殿の階段の上から随神門を眺める。石畳に石灯籠、時代劇のシーンのように美しい
「神門」へと続く参道を歩く
撮影 平成30年10月26日
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