今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

小川山 千光寺(富山県魚津市小川寺2934)

2024年09月03日 | 神社・仏閣
訪問日 令和6年6月4日

小川山 千光寺
初めて訪れる寺は期待が高まるのだが、駐車場に近づいた瞬間(来たことがある)記憶が蘇った
最近、このような事が時々ある

山門
切妻、桟瓦葺き、三間一戸、八脚単層門



山門扁額には「大悲殿」
大悲殿とは聖観音や千手観音や如意輪観音などの観音菩薩が安置されている建物のこと



仁王像












階段を上りきった正面に石仏が見えてくる



石造千手観世音菩薩立像



観音堂
創建は奈良時代の天平18年(746年)に行基菩薩により開かれたのが始まりと伝えられている
往時は16坊を有したが、天文20年(1551年)長尾景虎(上杉謙信)が魚津城を攻めた際に魚津城城主が千光寺に逃げ込んだところを攻撃し13坊が焼失
存続しているのは観音堂のほか、心蓮坊、光学坊、蓮蔵坊の三坊



蟇股の彫刻



金銅千手観世音菩薩立像(富山県指定文化財・秘仏)
大同6年(806年)経田浦で大威徳明王像と共に漁網にかかり、海中から引き上げられ、千光寺に納められたとされる
秘仏で33年毎の開帳であったが、近年は17年目毎に中開帳が行われている



弘法大師一千百回御忌塔
大きな2本の木の中央に石碑のようなものが見える



緑の絨毯に誘われるように塔に近づく



「弘法大師一千百回御忌塔」と刻まれている(千光寺は、真言宗の寺院)



白山社
千光寺に隣接している



観音堂周辺を散策



六地蔵かと思ったが像の部分が無い



近寄ってみると仏さまの様なものが刻まれていた






こちらはの石仏は歴史の流れを感じる



欠落した部分が置かれている



観音堂に戻る
この「観音堂と金銅千手観世音菩薩立像」の管理は心蓮坊・光学坊・蓮蔵坊の3ヵ寺が行っている



石仏の前に手向けられた美しい花
何気ない見慣れた景色だが、日本人の大切な部分をいつも感じている



光学坊
長尾景虎に攻撃を受け13坊が焼失し、存続している観音堂と三坊のうちの一つ



固く閉ざされている門扉






撮影 令和6年6月4日

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大岩山 日石寺 その2(富山県... | トップ | 能生白山神社(新潟県糸魚川... »

コメントを投稿

神社・仏閣」カテゴリの最新記事