日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

中秋の名月(9月25日)

2007-09-27 17:38:16 | Weblog
  もうすぐ、「かぐや」が月の軌道に入る。何でも、かぐやの本体から、2つの衛星が飛び出て回るらしい。日本の技術力、凄いなあと思う。
  月って、その起源は今も不明だ。兄弟説、親子説、他人説とあったが、アポロが月の石を持って帰ってから、大変なことになった。月の方が地球の石よりも古かったのだ。で、浮かび上がったのが、ジャイアントインパクト説、つまり月は、大きな隕石が地球にぶつかって、地球の中心から塵が飛び出て、それが集まって出来たものとされている。
  太陽系の惑星の中で、月の様に大きなモノは珍しい。又、地球から見て、一見月と太陽が同じ大きさに見えることも珍しい。月は、昔は、もっと地球近くにあったが次第に遠ざかっている。
  太陽と月、古代から、月は人間にとって切っても切れない関係にある。多くの国旗にも、月がよく表現されている。女性の生理だって、月経と言う様に、太古の昔は、月の周期に合っていた。満月だと、性犯罪が多くて、交通事故も多いとの統計もある。それに、潮の満ち潮が月の引力によるものなんて、あんなに遠くなるのに凄いなあと常々思っている。
  いやいや、月だけでなく、我等の住む1000~2000個の恒星を有する銀河系だって、秋のペルセウス座にある(230万光年かなたにある)「アンドロメダ大星雲」とその内合体する運命にある。
  遙か遠くの宇宙の全てのものがお互いに影響を及ぼし合っているのだ。まあ、宇宙のことを考えていると、今もある所では戦争状態なんて、ホントに、馬鹿馬鹿しくなりますが。

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為になるかも知れない本(その222)

2007-09-27 08:10:51 | Weblog
○昭和59年9月17日(月)晴。(今からちょうど23年前の日記です)
 9月初めの土日以外に、ずっと応援が来ていないので、きつい。鼻水タラタラで、苦しかった(持病のアレルギ一性鼻炎あり)。200人以上も来てしまった。来月から大分医大が、(病院が半ドンの)水曜の午後から木曜の早朝まで来てくれるとのこと。これだけでも、かなり助かる。正直言って休みなしの毎晩はつらい。週に1回ぐらいは、ゆっくりしないと精神的にも参ってしまうなあ。若い時にはそれにも耐えられていたけど。
○昭和59年9月18日(火)雨。
 夕方5歳の男の子の腸重積が来た(県病では、3例も手術をし、その内の1例は、腸を切除してしまったが、佐伯での約20年間は、運が良かったのか幸いにも手術例0)。腸重積いろんなタイプがあるが、やはり一番大切なことは、早期診断だ。疑えば、細かく診ていくしかない。腸重積は、朝まで待たすべきでない。
○昭和59年9月20日(水)晴。
 涼しくなった。今日もミ一コと運動して風呂に入った。縄跳び500回もした。今までで最高だ。続けることが大切だなあ。汗を沢山かいた。いいことだ。月報の原稿も出した。時間外に、ソケイヘルニアの嵌頓が来てやっと整復できた。外科の急患は、神経使うなあ。又、時間外の新患も気を使うなあ。
○昭和59年9月23日(日)晴。(土曜から○○先生が来てくれて、湯布院に家族で2泊出来た)
 昨日の22:00過ぎに、湯布院の「亀の井別荘」にやっと着いた(夕食は、時間がなくて、キャンセルしていた)。家族風呂にゆっくりと入った。子ども2人は、よく眠っていた。朝9時に朝食を摂って、10時にそこを出て、美術館などを見て回った。この日は、「榎木屋旅館」と言う所に泊まった。その前に、「玉ノ湯」と言う、メチャ高い旅館があった。暇と金がある人が来る所という感じだ。来年、「亀の湯」に、親を接待したいなあ(その後、一度だけ、私の両親と家内の両親の4人と私の家族が一緒になって、亀の井別荘で一泊した)。
○昭和59年9月25日(火)晴。
 連休明けで、200人近く来た。体がだらしい。休んだのに、どうしてかなあ。9月に入ってずっとこんな感じだ。精神的なストレスか、運動不足かなあ、それとも太り過ぎのせいかなあ。
○昭和59年9月30日(日)曇。
 (宮崎の小児科の地方会が延岡であった)学会で発表した。自分の発表、梶原先生も大堂先生も、よく思ってくれたみたいで、嬉しかった。朝9:15のにちりんで行き、懇親会では、川辺で鮎を食べ、帰りは、病院の車で迎えに来てもらって帰った。


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