ときに,学級通信がマンネリ化するのを防ごうと,いつもは書かないような話題を探すことがあります。
そして,政治のことや,社会,芸能など,時事的な話題にふれたりもします。
特に教育に関連することがニュースになっていれば,それもいいネタに。
行事の連絡や,学校での様子の紹介にとどまらず,そういったことまで幅広く語れる先生っていうのは,またバイタリティを感じさせるようで,いいですよね。
それを読む保護者側からすると,学級通信にも知性を感じられるかもしれません。
だから,そういった最新事情にはいつも敏感であろうとアンテナを伸ばしておくことは大事だと思っています。
さて
ここで気をつけること。
あくまで公平・中立な立場から語る!
学校の先生という仕事自体が「公平・中立であれ」ということを強く要求されますし,どの先生もそんなことぐらい理解できているはずですが,改めて注意は必要でしょう。
例えば,政治的な話題を語るとき。
気をつけたいのは,「自分はこう思う」ということを語ったときに,無意識のうちに一方的な立場,一方的な考え方から文章を書いてしまっていることがあるということです。
普通ならば,「自分はこう思う」なんてことを語ろうとすれば,自然と一方的になるものです。
「子ども手当は増やすべきだ」
「がれき処理受け入れに賛成だ」
「消費税増税に反対だ」
「全国学力学習状況調査に多額の費用をかけるぐらいなら,もっと現場のことを考えて別のことに使ってほしい」
テレビのニュースについて,職員室でする話題なら,もちろんそれでいいわけですが,教室で,もしくは家庭向けの通信でする話題なら,そういう言い方は避けるべきでしょう。
そんな言い方をすれば,先生の意見に共感する人もいる一方で,疑問や反感を感じる人だって出てくるはずです。
学校の先生は「公平・中立」が原則ですから。
「政治活動の禁止」という法律は周知のことです。
胸の中で「こうあるべきだ」と思っていることがあったとしても,オブラートに包むなどして,やんわりとした表現に変えたり,あえて自分の考えは伏せておいたりするようにします。
これは政治的な話に限ったことではなくて,学校や教室の中のことを語るときも,もちろんそうですね。
その部分については,常に「公平・中立」であることを忘れず,自分の立場をきちんと考えているのが,先生というものですが,学校や教室を離れたことを語るときも,やっぱり先生はそうであるということを,再認識したいものです。