帰省していた人々が日常生活の場へ戻ってきた。なかでもこんな忙しい世の中でラッキーにも帰省する機会に恵まれた子どもたちは、そこへ移動することでどんな経験をし、持って戻ってくることができただろう。宮沢賢治「ざしき童子のはなし」に次のエピソードがある。
「それからまたこういうのです。ある大きな本家では、いつも旧の八月のはじめに、如来(にょらい)さまのおまつりで分家の子供らをよぶのでしたが、ある年のその中の一人の子が、はじかにかかってやすんでいました。『如来さんの祭へ行くたい』と、その子は寝(ね)ていて、毎日毎日云いました。『祭延ばすから早くよくなれ』本家のおばあさんが見舞に行って、その子の頭をなでて云いました。その子は九月によくなりました。そこでみんなはよばれました。ところがほかの子供らは、いままで祭を延ばされたり、鉛(なまり)の兎(うさぎ)を見舞にとられたりしたので、何ともおもしろくなくてたまりませんでした。あいつのためにめにあった。もう今日は来ても、何たってあそばないて、と約束(やくそく)しました。『おお、来たぞ、来たぞ』みんながざしきであそんでいたとき、にわかに一人が叫びました。『ようし、かくれろ』みんなは次の、小さなざしきへかけ込(こ)みました。そしたらどうです、そのざしきのまん中に、今やっと来たばかりの筈(はず)の、あのはしかをやんだ子が、まるっきり痩(や)せて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新らしい熊(くも)のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。『ざしきぼっこだ』一人が叫んで遁(に)げだしました。みんなもわあっと遁げました。ざしきぼっこは泣きました。こんなのがざしきぼっこです」(宮沢賢治「ざしき童子のはなし」『注文の多い料理店・P.166』新潮文庫 一九九〇年)
童子性とは何か。おとなになると失われてしまうものだという一般論では何一つ語ったことにはならない。「おとな/こども」の二元論で簡単に割りきってしまうことは今なおできない。
童子性。言い換えれば、子供っぽさ。稚気。大江健三郎は生涯を通して子供っぽかった。島田雅彦もその姿勢はデビュー当時からさほど変わったと思えない。子供っぽさを武器にできる数少ない日本の文学者の一人だろう。安部公房にはもっと長生きしてほしかったなあ。