少し後に挿入されるエピソードでシャルリュスとその仲間たち(錚々たる豪華メンバー)理解のための伏線をなす箇所。空襲警報ひびき渡るパリで建前の結婚ではなく欲望に忠実な愛人と遭遇する方法。暗闇がその条件の一つ。
「とにかく新たな一元素のようにあらゆるものを浸している暗闇は、ある種の人たちには抗(あらが)いがたい誘惑となり、快楽の第一段階をとりのぞき、ふだんなら多少の時間をかけなければ到達できない愛撫の領域へいきなりはいらせてくれる。実際にものにしようとする対象が女であれ男であれ、たとえ近づきやすい相手であろうと、サロンでなら(すくなくとも真っ昼間なら)えんえんとつづく恋の駆け引きが必要になり、また夜でも(たとえ照明の暗い街路であろうと)、まだ手に入れていない相手をまずは目だけでむさぼり食う前段階があるもので、通行人や求める相手の反応が気にかかって眺めたり話したりする以上のことは憚られるものだ。ところが暗闇では、そんな古くさい演技は捨て去られ、手や唇や身体が真っ先に振る舞うことができる。もし相手にはねつけられても、暗闇でよく見えなかったとか暗闇のせいで人違いをしたとか、言い訳ができる。もし相手が歓迎するようなら、身体をひかずにすり寄ってくる相手の咄嗟の反応から、こちらが無言のまま言い寄る相手の女(あるいは男)が偏見のない悪癖まみれの人間であることがわかり、そうなると、もの欲しげに眺めたり許可を求めたりする必要がなく、じかに果物にかじりつくことのできる歓びは倍増する。そのあいだも暗闇はつづき、この新たな元素に浸りきったジュピアンの館の常連たちは、旅路の果てに海嘯とか日食や月食とかの自然現象に遭遇できたのだと思い、あらかじめお膳立てされた室内の快楽ではなく、未知の世界における偶然の出会いの快楽を味わう気分になり、そばで爆弾が火山の噴火のように轟くなか、ポンペイの悪所さながらのカタコンブの暗闇で秘密の儀式をとりおこなうのだった」(プルースト「失われた時を求めて13・第七篇・一・P.361~363」岩波文庫 二〇一八年)
カタコンブはパリの地下墓地のこと。空襲の際に逃げ込む地下鉄(メトロ)などが適していた。