白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21(番外編)・二代目タマ’s ライフ101

2023年08月24日 | 日記・エッセイ・コラム

二〇二三年八月二十四日(木)。

 

深夜(午前三時)。ピュリナワン(子猫用)その他の混合適量。

 

朝食(午前五時)。ピュリナワン(子猫用)その他の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(子猫用)その他の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(子猫用)その他の混合適量。

 

昨日の午後十時くらいから今日の午前一時頃まで、新しい玩具を見つけて張り切っている。何かというと、妻の靴下と母の靴下。どちらも座布団や布団の下に隠しておくようにしていたのだが何かの拍子に見つけ出してきた。蹴り蹴りしたり噛み噛みしたら今度は口にくわえて部屋の端から端へ移動。移動先で再び蹴り蹴りしたり噛み噛みしたり。飼い主は不眠ということもあり読書のついでに見ていたら、午前二時になってようやくこたつの上ですやすや居眠り出す。気が向けばあれこれ見つけてくるものだ。遊び一つにも真剣になれるというのは人間の大人とくらべて随分異なるところなのかもしれない。


Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて523

2023年08月24日 | 日記・エッセイ・コラム

アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

 

母の朝食の支度。今朝は母が準備できそうなのでその見守り。

 

午前六時。

 

前夜に炊いておいた固めの粥をレンジで適温へ温め直す。今日の豆腐は相模屋「とろける生とうふ」。1カップを椀に盛り、水を椀の三分の一程度入れ、白だしを入れ、レンジで温める。温まったらレンジから出して豆腐の温度が偏らずまんべんなく行き渡るよう豆腐を裏返し出汁を浸み込ませておく。おかずはナスの糠漬け。

 

(1)タッパーに移して冷蔵庫で保存しておいたナスの漬物を二片取り出す。(2)水洗いして手でよく絞り塩分を落とす。(3)皮を剥く。(4)俎板の上に置き包丁で六等分。十二片に切り分ける。(5)その上にティッシュを乗せてさらに沁み込んでいる塩分を水とともに吸い上げる。(6)温めた粥の下に置き入れて粥の熱で少し温める。今朝は十二個とも完食。

 

味噌汁に白玉麩を入れると案外おいしく食べられることがわかってきた。四日ほど前から昼食の味噌汁には白玉麩が入っている。

 

今朝の音楽はショスタコーヴィチ「弦楽四重奏曲第四番」。

 

参考になれば幸いです。


Blog21・無意志的な発見

2023年08月24日 | 日記・エッセイ・コラム

ゲルマント邸の中庭の敷石とサン・マルコ洗礼堂の不揃いな二枚のタイル。いずれの場合も「私」は意識的に「探しに行って、それにつまずいたわけではない」。「そうではなく偶然、避けようもないものとしてその感覚に出会ったこと自体」の無意志性に「私」は並々ならぬ関心を示す。

 

「私は中庭に不揃いなふたつの敷石を探しに行って、それにつまずいたわけではない。そうではなく偶然、避けようもないものとしてその感覚に出会ったこと自体が、その感覚でよみがえらせた過去の真正さと、その感覚が生じさせたイメージの真正さを保証してくれる。なぜならわれわれは、明るい光のほうへ浮上しようとするその感覚の努力を感じるからであり、ようやく見出された現実の歓びを感じるからだ。またその感覚は、そこからひき出される当時の印象からなる画面全体に、光と影、起伏と欠如、回想と忘却などを間違いのない割合で配合し、その画面の真正さをも保証してくれる。意識的な記憶や観察では、そのような割合の配合は永久に知られないだろう」(プルースト「失われた時を求めて13・第七篇・一・P.456」岩波文庫 二〇一八年)

 

記憶であれ観察であれ意識的であればあるほど間違えてしまいがちな傾向。「間違いのない割合で配合」というものまたただ「私」一人にとってはそうだという程度でしか言えない。しかし少なくとも確かなことがある。「光と影、起伏と欠如、回想と忘却」。これらは間違いなく「接続と切断」あるいは「生と死」の別名にほかならない。