1910年(明治43年)水原八幡宮の「正面石橋」(写真の赤い矢印)、厚志会の寄付で竣工。外城厚志会の創立は明治中期と思われ、志を厚く親切奉仕の精神を基に「笹りんどう」をシンボルマークとし、外城(水原)八幡宮の奉仕団体として地域有志が地区の青年に呼びかけ「厚志会」として結成。 八幡宮境内にある「厚志会頌德碑・大正8年建立」には氏子総代兼世話人9名、会員65名の名が刻まれている。 「郷土史 外城物語」から転載。 地元に愛されている八幡宮です。
次回に続きます。
1910年(明治43年)水原八幡宮の「正面石橋」(写真の赤い矢印)、厚志会の寄付で竣工。外城厚志会の創立は明治中期と思われ、志を厚く親切奉仕の精神を基に「笹りんどう」をシンボルマークとし、外城(水原)八幡宮の奉仕団体として地域有志が地区の青年に呼びかけ「厚志会」として結成。 八幡宮境内にある「厚志会頌德碑・大正8年建立」には氏子総代兼世話人9名、会員65名の名が刻まれている。 「郷土史 外城物語」から転載。 地元に愛されている八幡宮です。
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