阿賀野市牧島で撮影 管理人
阿賀野市の市報4月号に、下里・阿賀浦橋近くにある市が運営している「阿賀野川総合運動場ゴルフ練習場」が、平成25年度末をもって公の施設としての運営を廃止する・・・と、載っていました。 この写真は平成25年11月21日撮影。 管理人
4月11日 昼、追伸 下記のコメント2個も、クリックしてお読みください。 管理人
2014年1月12日撮影。 今年から、この場所でサイの神。地蔵堂の敷地内でサイの神をするのは、この集落の歴史初と思います。 管理人
阿賀野市の石船戸遺跡入り口の写真と、水原ふるさと農業資料館で展示中の遮光器土偶。 展示室でもらった資料を読むと、面白いことがわかります。
約3千年前のこの時代も、人は首飾り(ネックレス)やピアスをしてオシャレをしていたようです。糸魚川市で採れる翡翠(ひすい)の玉類もあります。緑色の石が好まれていたようで、遠く離れた糸魚川市から入手したようです。又、石棒の石は阿賀野市の地域では採れない石で、宮城県・岩手県・埼玉県・群馬県産のようです。3千年前も人々は交流があったのですね。
この時代の流行色は赤と黒だったようです。今も赤と黒のデザインがあります。今と同じです。
石船戸遺跡のすぐそばに阿賀野川が流れていたそうです。中潟~百津町へのこの道路の段差、約2~3mありますが、これが阿賀野川の堤防だったそうです。係りの人が、そのような説明をしてくれました。出土した土製の重りは、網を使って魚とりをした証拠だそうです。
狩りをするための、槍の先につけた石鏃(せきぞく)には柄の部分に装着するためにアスファルトがついているそうです。アスファルトは旧新津市の新津丘陵でたくさん採れたそうです。新津市まで歩いて行き、槍に矢じりをアスファルトで接着作業をしていたのですね。なんと頭がよく、行動的なんでしょう。遺跡というものに関心がなかったのですが、人々の生活と合わせて想像すると楽しくなります。 皆さんも資料館に足を運ばれませんか。 管理人
阿賀野市の石船戸遺跡から縄文時代晩期初め(約3千年前)の遮光器土偶の頭部が出土し、4月5日~5月11日まで、水原ふるさと農業資料館で一般公開されています。午前9時30分~午後4時。月曜日は休館。5月5日(月)は開館で5月7日(水)が休館。入場料は無料。 係りの人に撮影許可を得て撮影しました。 土偶の大きさは、高さ8.5センチ、幅8.2センチ、奥行8.5センチ。中身は空洞。見つかっていない胴部を含むと30~40センチと推測されています。儀式やおまじないに使用されたそうです。
展示物は、この2倍以上あります。
期間中、ぜひ見学されることを勧めます。 管理人
4月5日 お昼、阿賀野市中央町2丁目の天朝山公園で撮影。 大部分が3枚目の写真のように蕾ですが、1枚目の写真のように一部 桜が咲いているのもあります。明日は、1~2分咲でしょうか。 花びらを望遠で撮影すると、私の小型デジカメでは花にピントが合いません。やっぱり一眼レフカメラでないと、綺麗に撮れないようです。 管理人
午後は、咲花きなせ堤河床とJR咲花駅を見学。次に阿賀野市へバスで移動。
上の写真2枚と1枚目の大きな写真は、阿賀野市六野瀬にある小田製陶所。明治6年創業の会社で、主に水田の暗渠排水の為の 素焼き土管を作っています(1枚目の写真)。 平成24年に阿賀野川エコミュージアムが発端となり、大正~昭和初期に製造・販売していた「蒸しかまどご飯」釜を復刻されました。元は北前船の上でご飯を炊くためにつくられた釜で、当地では、裕福な家庭で使われていたそうです。残念ながら我が家にはありませんでした。 この釜で炊くと、ご飯がおいしい味になります。
ご飯が炊けるまで、小田製陶所の土管製造過程を説明をしていただきました。
写真の釜は、1升炊き用。ほかに3升用と1合炊き用が製造販売されています。おいしく食べてきました。
風の強い寒い日でしたが、今まで知らなかった地元のことがわかり、勉強になった1日でした。(完) 管理人
2月末に続いて、阿賀野川地域の勉強会に行ってきました。3月30日、会場は五泉市の咲花温泉 佐取館。
1、「阿賀野川流域の過去・現在・未来と地域再生」の話
2、映画「阿賀に生きる」~阿賀野川遡上計画~津島屋上映会 の話
3、座談会「咲花温泉かわまちづくりの これまでとこれから」 咲花温泉観光協会長さんの発案と実行力に拍手しました。
4、 咲花温泉旅館の各旅館の一品 残さず食べました。 管理人
← 阿賀野市 小田製陶所のミニ蒸しかまどのごはん。
← 阿賀野市 安田瓦の粘土で漬けた「泥漬け」 色がきれいです。
昨日 4月1日で阿賀野市合併 満10年。 市の広報誌も記念で(?)フルカラーです。今年はどんな阿賀野市になるのでしょうか。
広報誌の裏面のマンガ「それゆけっ! いざなぎ君!!」は、今回で最終回。7年間の連載だそうです。ご苦労様でした。
ちなみに10年前の広報誌裏面のマンガは、「かっちゃん きんちゃん」でした。 さて、来月号は? 管理人