あらゆる創造的な活動は、信頼と言う基礎があって初めて可能になる。創造的な活動は、限りなくスピリチュアル。
p117第4パラグラフ。
信頼と勇気の練習は、日常の些細なことから始まりますね。はじめの一歩は、自分がいつどんな場合に信頼出来なくなるのかに気付くことですし、信頼できずにいることを隠すために、どんな言い訳をしているかをよくよく考えることですし、どういう場合にずるく立ち回り、その言い訳をしているのかをハッキリと認めることです。信頼を裏切ることならどんなことでも、いかに自分を弱めてしまうか、自分が弱くなれば弱くなるほどに、その弱さがいかに新たな裏切りをもたらすのか、などを理解することです。逆も真なりですね。そうすれば、「自分が大事にされてない、と意識的に心配してると、実際に、無意識裡ではあっても、人を大事にすることを恐れてしまう」ということが分かるでしょう。人を大事にするとは、何の保証もないところで相手に賭けることなんですね。あるいは、人を大事にするとは、自分たちが相手を大事にする思いがあれば、その大事にした相手の中に、また他の人を大事にする気持ちが芽生えるはずだという希望に完全に自分を委ねることでもあります。信頼の練習について、これ以上何か付け加えられる人がいますでしょうか? いいえ、そんなひとはいないでしょ。どなたか別の方なら、おっしゃるかもしれませんね。もしも、私が私人か伝道者ならば、もっということに挑戦してみるかもわかりません、と。しかし、実際には私は詩人でもなければ、伝道者でもありませんから、信頼の練習についてこれ以上のことは申しません。ただ、私が確信していることは、本当に信頼と勇気に関心がある人なら、どなたでも、信頼が持てるようになるはずだ、ということです。それは子どもが歩けるようになるのと同じです。
信頼と勇気の練習は日々の生活の些細なことを吟味してみることから始まるようですね。確かに日々の些細なことを、信頼と勇気をもって実行できないで、非日常のデッカイことで、信頼と勇気を発揮することなど、夢のまた夢。信頼と勇気を持ちたいと願いながら、意識して暮らしていくことが大事。それを続けてりゃぁ、どなたでも信頼と勇気を持てるものなんですね。
あーんしん!
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