自分の仲間が、「ムラ」内(八王子の家具屋さんではありません)だけなのか? それとも全人類なのか? ニッポンでは、とうの昔に村はなくなったのに、村の生き方は、職場や町内会や学校など、様々な組織に姿を変えて、生き続けている、と指摘したのは、加藤周一さんです。「ムラ」人である限り、人権や人間らしい暮らしとは、真逆の、無責任とイジメの組織となることに相場は決まっています。
The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の、p.110の、第2パラグラフから。
もちろん、私ともはいろんな役割を果たしますし、実際にやってみたいと願っている役割を試します。特に思春期においては、そうですね。身なりや化粧が役立つ場合もあるかもしれません。でもね、長い目で見たら、私達は何者なのかという、ウソもゴマカシもない感じを心にとどめていることによってのみ、私どもは地に足を付けることもできますし、私どもはどこにいて、私どもは何者で、私どもは何を守ろうとするのか、がハッキリと分かる高みに、意識を高めることもできるでしょう。
自分は何者?ということをハッキリとつかむことは極めて大事です。なぜなら、それなしに、自分を確かにさせる、なんてありえませんでしょ。自分が何者か? が分かると、地に足がつくのですから、人の役に立ちますね。また、自分が何者か? が分かると、意識が高くなるのですから、仲間の範囲は、自分の所属集団を超越することも可能になるはずですね。
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