夜空の星々は、私どもの心と繋がっているのかもしれませんね。
『The Sense of Wonder 不思議を感じる心』から p68の下から3行目から。
もしも、星がこんなに美しいと思ったことはない、と感じるような光景が、100年に一度しか見られないものだとしたら、あるいは、一生に一度のことでさえあるとすれば、この小さな岬は見物客でごった返すことでしょう。ところが、この光景は、毎年毎年、数えきれないくらいの夜に見られるものなんですね。小屋に瞬く光も、同様にいつものことですから、その住民たちも、頭の真上に、そんなに美しいものがあるなんてことに想いを馳せることなど、おそらくなかったでしょうね。ほとんど毎晩、あの夜空が見られるからこそ、その住民たちは、あの言い尽くせない美しい夜空を一度も見たためしがないでしょう。
東京の人が、はとバスにはなかなか乗らないのに似ています。いつでも見られる、と思うものは、人は取り立ててみようとしませんね。「珍しい」、「めったに見られない」と思うからこそ、人は時間とお金をかけて、見ようとするんですね。当たり前です。
いつものこと。毎日のこと。それは、見ているように、聴いているようで、感じているようで、実際は、見ても、聴いても、感じてもない。その方が普通です。毎日をルーティーン・ワークの自動操縦で生きているからですね。日常的なことを感じるためには、非常に研ぎ澄まされた感性が必要です。
その一つの方法が、異化。あるいは、意識的に見ることです。
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