≪本当の自分≫は、知るよりも感じるものらしい。
ヴァン・デ・コーク教授のThe body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』の第14章 Languare : Miracle and Tyranny「言葉 :奇跡も残虐も(、もたらすもの)」p.238の、第2パラグラフから。
それから、神経科学の研究によれば、私どもには、2つの異なる、自分に対する気付きの形があるらしい。1つは、時間を超えて自分を捉えるやり方で、もう1つが、現在の自分を表現するやり方です。1つ目のやり方は、私どもの自伝的な自分ですが、いろんな体験を結びつけて、一貫した物語にまとめ上げることです。この自伝的自分は、言葉に根差しています。私どもの物語は、話をするたびに変わりますけれども、それは私どもの見通しが変わったり、新しい入力を組み込んでいくのと同じです。
自伝的自分は、自分の物語であり、いろんな経験を1つの物語にまとめ上げる時の自分らしい。それはいつでも現在進行形で、常に変化しているものでもあるらしい。するといつでも、自伝的な自分は揺れてしまいませんかね? 自分の物語と、自分を確かにさせることとは、どうやったら統一できるのでしょうか?
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