エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

日本の公教育の病理 その3 ペコちゃん教員と恣意的判断

2014-12-03 12:41:35 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 「讒言、誹謗中傷、恫喝」をやる教員が幅を利かせているのですから、そう言う学校と言う組織は、病理そのものでしょ。ヤクザと変わりません。

 そのヤクザナ教員に対して、周りの教員はどうするのか? その教員を批判したり、「讒言、誹謗中傷、恫喝」などを諌めるのか? 全くそうじゃぁないんですね。むしろ、周りの教員は、そのヤクザナ教員に対して、ペコペコしてんですからね。そして、ヤクザナ教員に対してペコペコするような教員に限って、子どもたちには横柄な態度をとるから困りますね。このペコちゃん教員も、「人間を上下2つに分けるウソ」に真っ赤に染まっています。

 そうすると、かのヤクザナ教員は増長していきますね。人事評価、人事配置、職務内容などで、法や条例に従うよりも、自分の恣意的判断を優先するようになんですね。自分が気に入った、自分に尾っぽをふる、ペコちゃん教員に対しては、上機嫌で振舞、優遇するのに対して、媚びたり、群れたりすることを潔しとしない教員に対しては、虐めたり、冷遇したり、人事で厳しい評価をするんですよね。まさに、「悪貨が良貨を駆逐する」が文字通り展開します。

 そういう職場ではやるもの。腹の底から悦びが湧き上がった笑いではなく、悪意に満ちた攻撃的な嘲り。真実を重んじる態度ではなくて、ウソとゴマカシに対して、視て視ぬフリ。自分が損をしても正しいことをハッキリ言うパレーシアではなくて、ウソとゴマカシを助長するようなオベンチャラ。組織の決定に対して誠実に責任を取るのではなくて、組織の決定に対して、「知らぬ存ぜぬ」を通す無責任。

 このようにくれば、大川小学校の「事件」が、真実を明らかにすることで、被害者の心理を慰めるものにならないばかりか、ますます、ウソとゴマカシを繰り返すことで、被害者の悲しみといたたまれぬ気持ちを、増し加えている事態の一端をご理解いただけるだろうと思います。

 

 

 

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