エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

ガリラヤを生きる道

2014-07-19 05:12:56 | アイデンティティの根源

 私の根源、アイデンティティの根源である「≪私≫という感じ」が、神様のお名前である「私は今存在するものです」と、イエスの語り始めの常套句「本気で話をします」と関係する、ということは、興味深いものです。

 でも、これだと西洋中心主義で、アジアや、仏教などの視点に欠けていのかもしれません。

 p324の10行目から。

 

 

 

 

 

 四つの福音書の中で、イエスの伝道が始まるのは、ガリラヤの片田舎の出来事としてでしたね。イエスが、どのように、誰に対して、どんなところで話をしたのかは、記録されいますが、すべてはガリラヤの風景を示しています。このいくつかのたとえ話は、実際、一番本物の芸術作品と一般にみなされているものですが、それがハッキリと示しているのは、豊かな農村の片田舎ですし、ガリラヤ湖の豊かな漁業でした。イエスが最初の弟子を集めたのも、まさに、このガリラヤ湖畔から、でした。その男たちは、お腹が空いていたり、わがままだったりすれば、決してイエスの仲間にはならなかっただろうに、と分かるのですが、ガリラヤ湖畔で賢明にも弟子を集めた時に、直ちにイエスの旅に付き従ったのも、「ガリラヤを通して」でした。イエスの言い伝えは、はるか彼方まで、素早く広まったことは、ガリラヤがパレスチナ北部にある地方だった、という事実によって、実現の可能性が高まります。イエスの時代、商人のキャラバン隊や巡礼者の流れが南に向かう、交通量の多い幹線道路が、ガリラヤを通っていました。その道は、地中海沿岸を通るか、ヨルダン川からエルサレムに沿った、旅ができる細長い地域を南下するかのどちらかです。そして、帰りは同じ道を北へ、ダマスコの方向に最北端へと戻ります。したがって(マタイによる福音書によれば)、イエスの癒しと教えすべてが描かれたのは、イエスがその道に沿って、その道を通って、歩いていた時でした。立ち止まるのは、ときどき一人でいたいと願ったり、弟子たちとだけ居たいと願ったりする時だけでしたね。

 

 

 

 

 

イエスの伝道の始まりはガリラヤでした。そして、イエスが癒しと教えを為したのも、ガリラヤの道に沿って、ガリラヤの道によって、歩いて(生きて)居た時でした。立ち止まるのは、一人になったり、弟子とだけ居たい時だけでした。それは、自分と神様とのつながりを確認するときでしたでしょう。ガリラヤの道は、神様との繋がりでいただいた温もりを、人々と分かち合う道なんですね。

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