心のパラダイス:内なる自然の中にある「平安の源」捨てライオンの「野生のエルザ」と、その育ての親であるアダムソン夫妻の関係は、仲の良い、本物の親子のようで、素晴らしいですよね。 p230の第2パラグラフ。...
精神分析の場は、いつでも何度でも、クライアントが赤ちゃんの頃から抱いてきたイメージや気持ちを吐き出す場です。
The lie cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』の第4章、「自我と人品 : 結びの覚書」p97の、第4パラグラフから。
次に、精神分析家が、「訓練を受けた精神分析家」になると、ある種の、ずっと続く感じはあるのに、(一番うまくいけば)統制のとれた、控えめな感じの意識で、しかも、発達の時間と、歴史の時間を、あちらこちらへと自由に歩きまわることが出来る意識があることに気付きます。このように、クライアントが話し言葉にしたことを、男でも女でも、セラピスト自身の人生の一般論から学んだことを光として見る一方、精神分析家が、クライアントの現在の状況や過去の葛藤を、男であろうと、女であろうと、精神分析家自身の人生の状況に照らしてみて、クライアントの舞台に対応する自分自身の舞台にある、様々な感情やイメージを呼び覚ましていることにも、いつでも何度でも、気付くことができます。これは「対抗感情転移」ですね。こういった、込み入ったやり取りは、単に、今まで気付かなかったことに気付くということではなくて、話しを聞いた精神分析家自身がいつも空想していることや認めたくないと思っていることを、クライアントがいつも空想していることや認めたくないと思っていることと、無意識裡に混ぜ合わせになっていることに、気付いていくことに役立ちますし、また、そこから学ぶこともできますね。
簡にして要を得る、エリクソンの見事な記述です。ここまでできれば、プロですね。クライアントの現在の問題と過去の折り合いがつけられずにいることを、クライアントの話を聞きながら、時空を自由に動き回って、クライアントの立ち位置を正確に理解すること、それからまた、その立ち位置を、セラピスト自身の内的なイメージと感情と照らし合わせて理解すること、この2つが同時にできるようになりますね。そうすると、相手の状況が手に取るように、立体的に理解できるようになります。これは、知的操作というよりも、体育のパフォーマンスや、芸術鑑賞に、遥かに近い感じですよね。
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