神様を日々冒涜している人の、つづき。闇が一端、病みになったら、なかなか止まりませんね。
Young Man Luther 『青年ルター』p.249の、第2パラグラフ 5行目途中から。
私どもは、拒絶しないルターなしに、ルターを上手くイメージすることが出来るのか、それとも、ルターを台無しにしてしまうのか、という問いに、理屈の上では、答えを出せるのか分かりません。全体的に見る時、心の経済という現代的な視点からすれば、ルターがこれらのことにこだわったので、ルターは拒絶することに、エネルギーを相当奪われたということです。 それにこだわらなかったら、ルターは、若い時に手に入れた価値を、創造的に、確かにすることもできたでしょうにね。もしも、このエネルギーをルターが自由に使えたら、いろんな衝動を能動的にコントロールする上ばかりではなくて、いろいろな意味で、受け身になることを、能動的にコントロールする上で、創造的な役割を果しえたでしょうにね。そうすりゃぁ、他の人達にも、衝動ばかりではなくて、いろんな受け身の体験を能動的にコントロールする力を呼び覚ますこともできたでしょうにね。
エリクソンは、ルターの中に、臨床心理の創造的な実践者の芽を見出していたことは、この件から、明らかですね。
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