高齢者もイキイキ、ピチピチ
私どもも、「死ぬのが愉しみ」と言える老賢者になりたいものですね。
The life cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』、p63の第2パラグラフから。
2年前(2014年)、心理臨床学会の招聘講演で、発達トラウマ障害(DTD)について講演した、Ruth Lanius ルース・ラニウスさんらが昨年出した本、Paul Frewen , Ruth Lanius (2015) , Healing the Traumatized Self consciousness, neuroscience, treatmet 『トラウマを負わされた自分に対する囚われから自由になること 意識、脳科学、治療』の翻訳。 発達トラウマ障害(DTD)のセラピーだけでなく、発達トラウマ障害(DTD)の元になってる、家庭、学校、職場などでの、ネグレクトや虐待を止めなくてはなりません。
最終章の第7章、p.278の、最後のパラグラフから。
ほとんどの臨床家は、うまくいくセラピーのはじめの一歩は、セラピーでの関係それ自体で、クライアントが、安心と安全を始めて経験するものになることだ、と考えるのが普通です。(でもね、)幼いころから、いろんなことが繰り返しトラウマになっている人たちは、セラピーでの関係も、少なくてもはじめの内は、怖いものになるかもしれないと思っている場合が多いんですね。というのも、こういう人達は、かつては、大人からずっと虐待されてきたからです。そういう人はひとりびとり、セラピーの関係も、これまでの大人との関係みたいに、怖くて、危険で、バカにされるものになるだろうと思ってしまうのも、無理はありません。それに加えて、トラウマを負わされた人たちは、無視されたり、ホッタラカシにされたり、見捨てられたりするんじゃないかと心配していることが多いんです。それも、真摯に助けて、と訴えることも含めて、人に自分の経験を伝えようとしても、相手にされないことが多かったんですね。
ですから、サイコセラピストは、根気強く、発達トラウマ障害(DTD)の子どもの相手になり続けるのです。それがとても大事です。大事なのは、根気強く相手になることです。そのためには、発達トラウマ障害(DTD)の子どもの心理をよくよく理解していることがなくてもできません。
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