
「吹いているよ。しっかり波に乗りなよ。胸くらいじゃない?」
ウエーブ男が僕を奮い立たす。
「わかっているよ。」僕は少々不機嫌そうに答える。
「吹いてるのは海を見ればわかる。沸騰してるじゃないか。
君は何故僕に話しかけるんだ?」
ウエーブ男は寂しそうな目つきで空を眺め、少し考えているような感じもした。
「おいらがあんた自身だからだよ。おいらは誰にでもいる。
ほら、アウトで乗ってるあの人や、そこにいる女の子にもだよ。
あんたがなんと言おうとも、おいらはあんた自身なんだ。
あんたが呼んでくれればおいらはそこにいる。
もちろん呼ばなければいないよ。パチン。。。オフにするよ。」
「よくわからないな」ウエーブ男の背中に向け声を出してみる。
ウエーブ男が振り向いてこう言った。
「おいらもよくわからない。おいらを作り出したのもあんただからね。」
逗子より鎌倉より茅ヶ崎が1サイズ強く吹いている。
鉛色の空の切れ目にエボシ岩が波をかぶって浮いている。
海の絵の穴みたいだ。
仲間のみんなはすでに出艇している。
「冷たく言って悪かったよ。僕は君を探してたんだよ。」と僕は息をついてから言った。
「知ってるよ」とウエーブ男は言った。「探してるところが見えたもの。」
「じゃあ、どうして今まで声をかけてくれなかったんだ?」
「あんたが自分でみつけだしたいのかと思ったんだよ。で、黙ってたんだ」
ウエーブ男はジーンズのポケットから砂を払いだして、ボードウオークの端に腰掛けた。
僕はウエーブ男の隣りに腰を下ろした。
「君は人間なの?」ウエーブ男に尋ねてみた。
「どうかな?あんたが海に出ていればオイラは風さ。ただの風さ。
もしあんたがそう呼びたければ波だっていいよ。悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんてオイラには意味はないけどね。」
「でも、しゃべってる。」
「オイラが? しゃべってるのは君さ。オイラは君の心にヒントを与えているだけだよ。」
「今日は楽しめそうだね」ウエーブ男が優しそうに言った。
隣を見たらすでにウエーブ男はいなかった。
風は3.7で吹き続けている。