そして、子どもがどれだけ親のことが大好きで親の期待にこたえたいかということも知りました。
あたしは、のんたんが悲しんだりすることなく、楽しく受験に挑めて、そしてのんたんが思う結果が出たらいいな、ということばかり考えていました。
世の中の子どもをもつ親はみんなそうだと思う。
努力が実ればいいな、と。
また、時として、自分たちが選ばなかった道(選択肢)のことも考えました。のんたん調べでは「人は日々70もの選択をしている」のだという。
他の塾に行っていたら、とか、もっと早く本気を出していたら、とか。そんなありきたりのことだけれど。
でも、我が家には我が家に合ったチャレンジ方法があるし、それしかできなかったという事実もあります。
のんたんにはこの1年「時間はみんなに等しくしかない。」「後悔先に立たずなんだよ。」ということを何度も繰り返して言ってきました。
「お母さんの言っていたことはだいたい正しかったよ。」と後になって言っていました(笑)。
でも、勉強したことはなくならないよ。
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のんたんが苦しそうに勉強していた時に、学ぶってそういうことなのかな?と疑問を持ったので、勉強の合間に国語に出てきた本の映画を見せたり、頭がよくなる謎解きドリルを買ってきて読ませたりもしました。
興味を持ったことに立ち止まるのが学ぶってことだと思う。
のんたんにはもっと早く、本気になる時が来てほしいとは思ってヒヤヒヤしたけれど、彼なりに最後は頑張ったと思います。
落ち込んだ日は、一緒に国語の過去問解いて、気持ちを切り替えました。
最後の最後まで諦めず、いろんなことを詰め込んだ。
「お母さん!昨日話していたオリンピックのボイコットの話が出たよ。」
もう、あの日はニコニコでした。(眩しくってかわいかった!)
もしかして!?ミラクル?なんて思いも過ったほどでした。
たぶん1か月前だったら全く歯が立たなかった問題。でもこの1か月で「やっぱりここの問題は面白かった。」と。そんなところまで来ていました。
だからこその「悔しい」なのです。
もっともっと長い時間努力した人がいると思います。
そんなくらいの対策で努力したとか言うな!という意見もあるかと思います。
でも、いいんです。
のんたんは頑張りました。
あたしがそう思います。
のんたんの変化を見ました。
成功の反対は失敗でなく、無難。
そう教わりました。
だから難しくとも頑張って目標としました。
のんたんの中では「第一志望しか行きたくなかった。」とのことでしたが、あたしの考えも改めて話して(時間はたっぷりできたので)のんたんもだんだん受け入れているようです。
予想していた中学受験とはだいぶ違っていたところに来ていました。
でも、ひとつひとつ一緒にしっかり考えてきたことはとても良かったと思います。
中学受験をしていると、そのイベントに注目しすぎて、終わったら、「あ!のんたん小学校卒業するんだった。」とあたりまえのことすっ飛ばしていました(笑)。
良いも悪いもありますが長い「イベント」だったのです。
それを頑張ってなし終えた。
「中学受験というイベントが終わった。」のです。