こちらのニュースをご覧になると、明治大学のフランス語の先生方がフランス語の「学習セット」を都知事に渡そうとしたとかいうのだが、こんなことがニュースになるなんて日本も平和と言うか、大学の先生もひまと言うか、とにかくあきれました。
人のことは言えませんが、個人的に教えてもいいということらしいので、すくなくともそれほど忙しくはなさそうです。
まずこの学習セットは教科書や、辞書や電卓らしいのですが、そういう勉強のし方自体が古いと思わないのでしょうか。
フランス語というより、フランス語を教えている人たちが時代から取り残されているような感じがしてなりません。
たとえばBBCには外国語を自習できるページがいくつもあります。
そんなサイトはBBCに限らないでしょう。
大学で勉強する、あるいは目的はいろいろあるでしょうが、勉強の手段はネット上にたくさんあるということぐらい、どんな年配の教授でも知っていおいて損はないと思いますが、そういう現実にはもしかしたら目を向けたくないのかもしれませんね。
大学の先生と言っても、毎年、「アン、ドゥ、トロワ」と同じことを同じように教えてるのかもしれませんし、それが駄目とはいいいませんが、それが専門的なことでもないし、大学でしかできないことでもないのです。
中原中也がフランス語の家庭教師などをしていた時代はとうに過ぎ去ったのです。
ワールド・カップを見に日本の多くの若者がフランスに行ったのももう一昔前の話しなのです。
たぶんご存知とは思いますが、「学習セット」を手渡すパフォーマンスなどをしていたらますます大学の語学教師の存在が世の中から哀れに思われるかもしれません。
おせっかいかもしれませんし、幸せな人たちに冷や水をぶっ掛けるようなものかもしれませんが、そういう先生たちが何をしようとフランス語の素晴らしさは変わりません。
言葉もいろいろ、先生もいろいろと言うことでしょうか。