近頃クトゥルー神話探求意欲がいちじるしく減退したのには、いくつか理由がある。
そりゃまぁ私の持って生まれた冷めやすい性格ってのももちろんあるが、もうなんかおもしろいやつは読みつくした感があるのね。
あとはやっぱ、最近のクトゥループチブームに便乗してポンポン連発しまくっている日本人作家らによる書き下ろしアンソロジー集『クトゥルー・ミュトス・ファイル・シリーズ』を数冊買って読んで、そのやっつけ感甚だしい内容のショボさも原因のひとつだ。一冊なんかは最初の3ページくらいで読むのやめたもん。
これまでにも、日本人作家によるクトゥルーもんはけっこう読んだが、独特で一風変わっている作風のものもあるが自己満足感が甚だしく、エログロアニメみたいな展開に走りがちでどうも肌に合わんのだ。
特にウンザリさせられたのが、2002年頃に創元推理文庫から刊行された朝松健編集のアンソロジー『秘神界』のあの分厚い2冊。
昨年1年くらいかけてやっと読み終えたのだが、特に『現代編』は読んでて、そこに掲載されている諸作品のあまりのしょーもなさに何度床に叩きつけかけたことか・・・・
ただ、『現代編』の巻末には実に神話的資料性の高いエッセイが掲載されており、その中の霜月蒼氏著の「異次元からの音、あるいは邪神金属」という文が非常に興味を惹いた。
実をいうと、この希少なアンソロジー本を入手してまず熟読したのがこのエッセイだった。
本文は、「クトゥルー神話の(邪教=異端の空気を湛え、暗欝で不穏、さらには荘厳で壮大な偉容を暗示する)世界を表現する音楽。それは、いわゆるハードロック/ヘヴィ・メタルと呼ばれるロックしかない」という、著者のいささか独断的な主張から始まる。
「黒魔術的」であったり「呪術的」であるような暗黒要素をハードロックの音世界に接続させた先駆者として、まずBlack Sabbath、Black Widowのアルバムが挙げられ、この2つの「黒い」バンドの持つその不穏さ/不吉さを極限までブーストしたのが「ドゥームロック」であり、その代表格としてElectric Wizardを紹介し、「コズミックホラー的な音のひとつの究極形」と絶賛している。
ま、私個人としては、人間椅子、Cathedral、Celtic Frostの方がプログレッシヴで暗黒神話的におもしろい音世界を表現していると思うのだが、著者はこれらのバンドの作品を最後の「邪神音盤厳選10枚」の中にも選んでおらず、後半はひたすらデスメタル/ブラックメタルなどのエクストリーム系のバンド紹介に行を費やしてるのは残念でならなかった。
いやでも、文章は熱く的確すぎるほど美しい表現力だしものすごく説得力があって、読んでてこの本に掲載されていたどのクトゥルー神話小説よりも心騒がせられた。
で、著者がかなり熱っぽく紹介しかなりの文章量を割いていたバンドが、BLUE OYSTER CULT(以下BOC)。
BOCは、72年にデビューした米国の知性溢れるカルト・ハードロック・バンドで、直訳すると「青牡蠣カルト教団」というなんともユニークなバンド名を持ち、ジャケットも神秘的なデザインのものが多く昔からなんか惹かれるバンドで、若い頃に『タロットの呪い』というアルバムを1枚購入したが、1曲くらいしか気に入る曲がなくてなんか私の趣味とは違うなと思ってそっからは手をつけてこなかった。
Tenderloin
本書の霜月さんの紹介文を読んで、アルバムに込められたアメリカ特有の極めて邪悪で陰謀的なそのコンセプトに魅せられ、彼らの74年作『SECRET TREATIES』の紙ジャケ盤を先日やっとこさ入手。
これは、まぁ音はともかくクトゥルー神話資料として是非とも持っておきたい作品であった。
邦題こそ『オカルト宣言』という直球的なものであるが、直訳すると『密約』である。
それは内ジャケットに記された一文にも、その不穏な意味が込められてある。
「奇怪だが端的な表題の付されたロシニョールの著書『世界大戦の起源』は、プルトニア(地下王国)の大使と外相ディスディノヴァの間で交わされた秘密条約なるものを軸に綴られている。
この条約こそが、星からの秘められた科学を勃興せしめたのである。天文学を。邪悪の歴史を」
アルバムは、当時BOCのメンバーと付き合っていたというパティ・スミスが詩を書いた「邪悪の歴史」で幕を開け、「天文学」で終焉を迎える。
実在の人物かどうか定かではないが、ディスディノヴァがこのアルバムの主人公であり、彼の精神的な進歩、つまりオカルトに対する目覚めの過程がこのアルバムのコンセプトとなっている。
ラスト曲「天文学」ではディスディノヴァが登場し、謎めいた光や破滅の予兆が語られる。
BOCの歌詞の助言者でありマネージャーでもあったサンディ・パールマンは「ディスディノヴァは星々の知識を持っていた。それはラヴクラフトから得たものである」と明言していたそうな。
そしてジャケットだが、そこに描かれてるのはメッサーシュミットME262(世界最初のジェット戦闘機)をバックに家族が記念撮影してるかのさわやかな構図の絵。よく見ると、それはBOCのメンバーらしく足元に4匹の犬を連れている。
ところが!裏を返すと、たった今惨殺されたばかりと思しきそれらの犬が横たわっている図が!!
ラスト曲「天文学」で、ディスディノヴァが「私の犬の事を忘れないでくれ」というセリフの歌詞が出てくる。
これは非常に不吉で邪悪めいていて悪寒が走った。
このロックンロール色の強いBOCの音楽性は、やはり私の趣味とするところではないが、こういう暗示めいた黙示録的コンセプト作品は否が応でも私のクトゥルー趣味を大いに刺激してくれるものであった。
そして、この謎めいた『SECRET TREATIES』の暗示は、14年後の作品『IMAGINOS』によって補完されるとのこと。
このアルバムの概要に関しては未確認なので詳しいことは省かせていただくが、本作には「物語」の進行/背景を記したブックレットが付属しているらしく、再び「天文学」という曲が収録されているということだけ言っておこう。
霜月氏によると・・・・
「さまざまな時空に、さまざまな人間の姿をとって跳梁する「異世界」のエージェントたる「見えざるもの」、彼らを崇拝するものとおぼしき青牡蠣教団(ブルー・オイスター・カルト)。
そしてこの世ならざるものと密約を交わす外相ディスディノヴァ。
それが“Starry Wisdom”という言葉で接続された瞬間、「ナイアルラトホテップ譚」以外のなにものでもない物語が出現する」という。
確かに霜月氏の言うとおり、BOCの悪意をまとった構築美や暗示的な歌詞は、神話的用語こそ登場しないものの、最近の書き下ろされたクトゥルーものや本書に掲載されている生半可な「神話譚」より宇宙的であり、慄然たる暗黒の世界観に満ち溢れている。
このBOCのアルバムをもとに、クトゥルー神話を巧く描ける小説家がいないものだろうか?
最後にアルバム収録の「人間そっくり」という曲の中にでてくる、極めてクトゥルー的なフレーズを紹介しておこう。
「紳士、淑女ならびに魚のみなさま、角度をなすわが夢をごらんあれ」
今日の1曲:『天文学』/ Blue Öyster Cult
そりゃまぁ私の持って生まれた冷めやすい性格ってのももちろんあるが、もうなんかおもしろいやつは読みつくした感があるのね。
あとはやっぱ、最近のクトゥループチブームに便乗してポンポン連発しまくっている日本人作家らによる書き下ろしアンソロジー集『クトゥルー・ミュトス・ファイル・シリーズ』を数冊買って読んで、そのやっつけ感甚だしい内容のショボさも原因のひとつだ。一冊なんかは最初の3ページくらいで読むのやめたもん。
これまでにも、日本人作家によるクトゥルーもんはけっこう読んだが、独特で一風変わっている作風のものもあるが自己満足感が甚だしく、エログロアニメみたいな展開に走りがちでどうも肌に合わんのだ。
特にウンザリさせられたのが、2002年頃に創元推理文庫から刊行された朝松健編集のアンソロジー『秘神界』のあの分厚い2冊。
昨年1年くらいかけてやっと読み終えたのだが、特に『現代編』は読んでて、そこに掲載されている諸作品のあまりのしょーもなさに何度床に叩きつけかけたことか・・・・
ただ、『現代編』の巻末には実に神話的資料性の高いエッセイが掲載されており、その中の霜月蒼氏著の「異次元からの音、あるいは邪神金属」という文が非常に興味を惹いた。
実をいうと、この希少なアンソロジー本を入手してまず熟読したのがこのエッセイだった。
本文は、「クトゥルー神話の(邪教=異端の空気を湛え、暗欝で不穏、さらには荘厳で壮大な偉容を暗示する)世界を表現する音楽。それは、いわゆるハードロック/ヘヴィ・メタルと呼ばれるロックしかない」という、著者のいささか独断的な主張から始まる。
「黒魔術的」であったり「呪術的」であるような暗黒要素をハードロックの音世界に接続させた先駆者として、まずBlack Sabbath、Black Widowのアルバムが挙げられ、この2つの「黒い」バンドの持つその不穏さ/不吉さを極限までブーストしたのが「ドゥームロック」であり、その代表格としてElectric Wizardを紹介し、「コズミックホラー的な音のひとつの究極形」と絶賛している。
ま、私個人としては、人間椅子、Cathedral、Celtic Frostの方がプログレッシヴで暗黒神話的におもしろい音世界を表現していると思うのだが、著者はこれらのバンドの作品を最後の「邪神音盤厳選10枚」の中にも選んでおらず、後半はひたすらデスメタル/ブラックメタルなどのエクストリーム系のバンド紹介に行を費やしてるのは残念でならなかった。
いやでも、文章は熱く的確すぎるほど美しい表現力だしものすごく説得力があって、読んでてこの本に掲載されていたどのクトゥルー神話小説よりも心騒がせられた。
で、著者がかなり熱っぽく紹介しかなりの文章量を割いていたバンドが、BLUE OYSTER CULT(以下BOC)。
BOCは、72年にデビューした米国の知性溢れるカルト・ハードロック・バンドで、直訳すると「青牡蠣カルト教団」というなんともユニークなバンド名を持ち、ジャケットも神秘的なデザインのものが多く昔からなんか惹かれるバンドで、若い頃に『タロットの呪い』というアルバムを1枚購入したが、1曲くらいしか気に入る曲がなくてなんか私の趣味とは違うなと思ってそっからは手をつけてこなかった。
Tenderloin
本書の霜月さんの紹介文を読んで、アルバムに込められたアメリカ特有の極めて邪悪で陰謀的なそのコンセプトに魅せられ、彼らの74年作『SECRET TREATIES』の紙ジャケ盤を先日やっとこさ入手。
これは、まぁ音はともかくクトゥルー神話資料として是非とも持っておきたい作品であった。
邦題こそ『オカルト宣言』という直球的なものであるが、直訳すると『密約』である。
それは内ジャケットに記された一文にも、その不穏な意味が込められてある。
「奇怪だが端的な表題の付されたロシニョールの著書『世界大戦の起源』は、プルトニア(地下王国)の大使と外相ディスディノヴァの間で交わされた秘密条約なるものを軸に綴られている。
この条約こそが、星からの秘められた科学を勃興せしめたのである。天文学を。邪悪の歴史を」
アルバムは、当時BOCのメンバーと付き合っていたというパティ・スミスが詩を書いた「邪悪の歴史」で幕を開け、「天文学」で終焉を迎える。
実在の人物かどうか定かではないが、ディスディノヴァがこのアルバムの主人公であり、彼の精神的な進歩、つまりオカルトに対する目覚めの過程がこのアルバムのコンセプトとなっている。
ラスト曲「天文学」ではディスディノヴァが登場し、謎めいた光や破滅の予兆が語られる。
BOCの歌詞の助言者でありマネージャーでもあったサンディ・パールマンは「ディスディノヴァは星々の知識を持っていた。それはラヴクラフトから得たものである」と明言していたそうな。
そしてジャケットだが、そこに描かれてるのはメッサーシュミットME262(世界最初のジェット戦闘機)をバックに家族が記念撮影してるかのさわやかな構図の絵。よく見ると、それはBOCのメンバーらしく足元に4匹の犬を連れている。
ところが!裏を返すと、たった今惨殺されたばかりと思しきそれらの犬が横たわっている図が!!
ラスト曲「天文学」で、ディスディノヴァが「私の犬の事を忘れないでくれ」というセリフの歌詞が出てくる。
これは非常に不吉で邪悪めいていて悪寒が走った。
このロックンロール色の強いBOCの音楽性は、やはり私の趣味とするところではないが、こういう暗示めいた黙示録的コンセプト作品は否が応でも私のクトゥルー趣味を大いに刺激してくれるものであった。
そして、この謎めいた『SECRET TREATIES』の暗示は、14年後の作品『IMAGINOS』によって補完されるとのこと。
このアルバムの概要に関しては未確認なので詳しいことは省かせていただくが、本作には「物語」の進行/背景を記したブックレットが付属しているらしく、再び「天文学」という曲が収録されているということだけ言っておこう。
霜月氏によると・・・・
「さまざまな時空に、さまざまな人間の姿をとって跳梁する「異世界」のエージェントたる「見えざるもの」、彼らを崇拝するものとおぼしき青牡蠣教団(ブルー・オイスター・カルト)。
そしてこの世ならざるものと密約を交わす外相ディスディノヴァ。
それが“Starry Wisdom”という言葉で接続された瞬間、「ナイアルラトホテップ譚」以外のなにものでもない物語が出現する」という。
確かに霜月氏の言うとおり、BOCの悪意をまとった構築美や暗示的な歌詞は、神話的用語こそ登場しないものの、最近の書き下ろされたクトゥルーものや本書に掲載されている生半可な「神話譚」より宇宙的であり、慄然たる暗黒の世界観に満ち溢れている。
このBOCのアルバムをもとに、クトゥルー神話を巧く描ける小説家がいないものだろうか?
最後にアルバム収録の「人間そっくり」という曲の中にでてくる、極めてクトゥルー的なフレーズを紹介しておこう。
「紳士、淑女ならびに魚のみなさま、角度をなすわが夢をごらんあれ」
今日の1曲:『天文学』/ Blue Öyster Cult