超人日記・俳句

俳句を中心に、短歌や随筆も登場します。

#俳句・川柳ブログ 

<span itemprop="headline">同窓会で集合論に出会う</span>

2016-12-11 01:07:30 | 無題

中古CD店でヴェーグ四重奏団のステレオ録音のベートーヴェン四重奏集を見て、ロリン・マゼールのマーラー7・8・9番を見て買わずに東京駅で学友と待ち合わせ。
東京都美術館のゴッホとゴーギャン展に行く。ゴッホの危ない部分は前面に出ていなかった。ゴッホとゴーギャンがいかに交差していたか、両者がどんなほろ苦い友情の破局を味わったかが浮き彫りになって物語性のある展示だった。
お茶飲んで5時半に鶯谷の洋食店に行く。鶯谷北口を右折してガード下を渡り、右折して駐車場の角を曲がり、奥まで直進するとある。
М子ちゃんが訳した中公バックスを見せて貰った。立派な業績だと話す。
K島くんはフルトヴェングラーのベートーヴェンとブルックナーのブライトクランク盤を気前よく貸してくれた。クナッパーツブッシュの録音のいいブルックナー3番も貸してくれた。私はタバコフを渡す。蘊蓄を言う暇がなかった。
ロジ・コミックスという本を貸してくれた。ラッセルの語る論理学者のマンガ。
論理学者は狂気に陥る人が多い、ラッセル自身もその家系だ、プリンキピア・マテマティカは現代論理学の基礎を築いた、
それ自体が含まれない集合の集合にはそれ自体が含まれるか、答えはイエスでありノーだというのがラッセルのパラドックス。
すべての人は自分で髭をそるか床屋に髭をそらせなければならないと決められた場合、床屋は自分の髭をそれないというのもラッセルのパラドックス。
論理は世界を写し取れるというのが写像理論。ラッセルもウィトゲンシュタインも写像理論に傾いたが、論理で語れないものについては沈黙しなくてはならないとウィトゲンシュタインは言う。論理は必ず不完全性を含むとゲーデルは言う。ラッセルは論理学の基礎を築こうとして不完全性から出られない論理の扉を開いた。帰って一気にロジ・コミックスを読む。私が論理学でスルーしたところをこの本は容赦なく書いている。K島君は面白いところを突いて来る。
私は彼とのクラシックのオタクトークを貯め込んできたのに話せずに終わった。後日の楽しみとしよう。Мちゃんは気前よくコーヒーをおごってくれた。同窓生はみな前途有望だ(というとき、私はその集合に含まれるのか?)。
ラッセルとゴッホを繋ぐ深い闇それも含めて一生は灯る



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする