自由律俳句を思いつくまま並べると
「日記の上にユングが積んである」
「ナナカマドのジャムで目が覚める」
「紛失した本をまた買う」
「今日はチョコ3っつ目」
「吹雪のなかを通学する子が見える」
「青空でも町が白い」
「虹が出た朝に緊急警報」
「字が途切れない青いペンが走る」
「電子シンセの横にスヌーピー」
「ノンアルはギャバ成分が回る」
「気がつけばまた送受信」
「ムーミンの柄のスープマグで安心」
「せっかちなのにアダージョに泣く」
「サイレンさえ聞こえなければ静かな部屋」
「0と9のキーボードが鈍い」
「イコンのイエスと目が合う」
「栗鼠の箸置きが並ぶ」
「また近くの山が白く霞む」
「雪の晴れ間にスーパーでお茶する」
「聞いてないトスカニーニの横顔」
「「擬似ステレオに騙されてみる」
「タワレコの袋は目立ちすぎる」
といくらでも作れるのだが、自分から踏み出す一歩が足りない。
次々と目につくものを描写して一行を書くだけで笑える
昨日深層心理学を調べ、シェルヘンのマーラー聞いていた。
仕事の関係で来年から大幅に仕事内容が変わりそうだ。
あたふたしていると、すべてはうまく行っているから大丈夫と言う方あり。
友だちに「この小説を読め、傾向と深読み」の話をする。
昨日はかなり寒かったが、ベーカリー行ってコーヒー飲んでくる。
来月に父の教え子さんと歓談する会があり、今から楽しみ。
深層心理学の探求、なかなかエンジンが掛からないが、直、軌道に乗るだろう。
法哲のメモ書きも少々必要。去年は各分野併せて15冊ぐらいメモ書きした。
変更で使わなくなったりする。慎重に行こう。
年初までに論考を2つ校了した。
オルフェウス論は長年暖めてきたもので、ディオニュソスに続く神話連作。
オルフェウス論の続きを書くように勧められているが、目下、ネタ切れ中である。
美術部の友人と会ったとき、熊野の話が出たので、南方民俗学の文庫買い直す。
部屋のどこかにあったのだが紛失中。水木しげるの「猫楠」お勧めである。
ジャンプの打ち切りマンガ「てんぎゃん」もよく書けていた。
1巻しか出てないが、2巻はキンドルで出ている。キンドル利用経験なし。
深層心理学、改めて読むと、自分の心がよくわかる。
インターネットで、願い事は、かなう、とか、悩みは勝手になくなる、
とか好きなものが集まるとか、楽しさが持続するとか、
要はポジティブ思考の勧めみたいなのをよく目にするが実際どうなのか。
実際そういう傾向の友人は明るく生きてる気もする。
私は「ささいなことに動揺してしまう」独楽鼠みたいな性格なので、
少しは見習いたい気がする。
ポジティブ思考でどうしようもない生老病死の定めもあるが、
小さなことは山も越えれる気もする。尾崎放哉の伝記と句集楽しみ。
「眠れずにブルーチーズをかじる」 「転んで帰るまで覚えてない」「寒いが珈琲を飲んでくる」
「短縮版マーラーで脈拍上がる」「福音書を閉じて歩く雪道」
「湯上りにいつもかりんとう」「読めない文法書を三度読む」「よろこび茶を飲んで終える」
など放哉ごっこするつもり。
日記にも描き切れない内面の自分をみつめ山も越えれる