今、その筋では日下部吉信著「ギリシア哲学30講」上下というのが
流行っているらしい。各およそ3千円。
この人、昔は真面目な教科書執筆者で「西洋古代哲学史」で
私もお世話になったことがある。
「ギリシア哲学30講」では、哲学を「存在」支持派と「主観性」支持派
に分けて判定するという大ナタを振るっている。
「存在」というのは無為に有る物で、「主観性」はこの人の文脈では
人為性のことで、人が作った信条・教条、法に制度に文化が入る。
日下部さんによると古代でも自然哲学は「存在」支持派だった。
ところが、数学で有名なピュタゴラスが教団を作るような人で、
信条、教条の「主観性」をギリシア哲学に持ち込んだ。
万物流転のヘラクレイトスや存在するものしか認めない
パルメニデス、存在を原子に還元したレウキッポスとデモクリトス
などと振り分けていく。
ソクラテスやプラトンは「主観性」の人で、ここから
「存在」支持派が後退してしまったという。
もともとドイツのハイデガーの説を当てはめて強調した話だが、
今、熱心に読んでいる人が多いらしい。
無為性と人為性とが対立し無為に有る物、存在が消える
流行っているらしい。各およそ3千円。
この人、昔は真面目な教科書執筆者で「西洋古代哲学史」で
私もお世話になったことがある。
「ギリシア哲学30講」では、哲学を「存在」支持派と「主観性」支持派
に分けて判定するという大ナタを振るっている。
「存在」というのは無為に有る物で、「主観性」はこの人の文脈では
人為性のことで、人が作った信条・教条、法に制度に文化が入る。
日下部さんによると古代でも自然哲学は「存在」支持派だった。
ところが、数学で有名なピュタゴラスが教団を作るような人で、
信条、教条の「主観性」をギリシア哲学に持ち込んだ。
万物流転のヘラクレイトスや存在するものしか認めない
パルメニデス、存在を原子に還元したレウキッポスとデモクリトス
などと振り分けていく。
ソクラテスやプラトンは「主観性」の人で、ここから
「存在」支持派が後退してしまったという。
もともとドイツのハイデガーの説を当てはめて強調した話だが、
今、熱心に読んでいる人が多いらしい。
無為性と人為性とが対立し無為に有る物、存在が消える