人生アラカルト

どうせ過ごすなら楽しくね。

飲めない体質が変わった

2016-09-07 20:38:11 | 80はミステリーゾーン
学生の頃、お酒が全然飲めなかった。

葡萄酒一杯で真っ赤になっていた。
母方の祖父は、後年にお坊さんになった人だが、法
事で出されたお酒をちょっと呑んだだけで、酒呑童
子の様になった。

私はおじいさんに似たらしい。

ところが、新聞社に入って呑む機会が多くなる。勧
められるま呑んでいるうちに呑めるように体質が変
わっていった。

呑む機会が増えるに従って酔っぱらうことが減った
だけだった。

しかし、福井のある醸造家へ取材に行った時、出さ
れた新酒の味にうまさにびっくりした。

本格的酒飲みの誕生だ。

しかし、勤務のきつさもあって、仕事から離れると
味を味わうとうより、一刻も早く酔いたい為のアル
コールとなった。

56歳で1回目の胃がんを患う。

酒飲めないと人生 損?

2016-09-07 08:19:52 | 80はミステリーゾーン
《お酒飲めない人は人生半分損をしている》と同情さ
れた女性が「そうだろうか」と、新聞に投書した。

それを受けて、賛否両論が紙面で意見を交わしている。

「余計なお世話」、「飲みにケーションは死語になって
いる」など否定の意見が多い。最近若い人が飲めない、
飲まない人が多くなっている傾向を裏打ちしているよう
だ。

私にも意見がある。

私の父は無類の酒好きだった。高校の校長を務めていた
が、正体不明になって先生たち支えられて帰宅すること
多かった。

ほぼ「へべれけ」状態。酒を飲むと正体が昼間と反転す
る。「校長という立場」を考えて、とくに母はいつもは
らはら気を遣っていた。

父が亡くなったのは昭和26年。戦後間もなくから、父
は学制改革に努め、新制高校の初代校長で苦労が多かっ
たと思う。

今のようにお酒が溢れていたわけでなく、あやしげな酒
も飲んでいた。

父は元来が酒好きなのだが、多忙をまぎらうために飲む
と、とことんやってしまう。

あげくは肝臓がんになり、在職中死んだ。



父の系統は飲む方。一方母方は祖父が盃いっぱいで真っ赤
になる。いわゆる下戸。

両方の遺伝子を受け継いだ私はどうなったか。