A&K の NOTES

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須田国太郎展 没後50年に顧みる

2013-01-26 | 展覧会

 

★須田国太郎展 没後50年に顧みる
京都市美術館


須田国太郎の代表作と言われる作品はほとんど全て観ています。
何度となく観ています。
今回《没後50年に顧みる》という展覧会でしたので、また観てきました。

画家の写真がありました。
何処から観ても骨太の理論派、頑固一徹とことんの追求派、
そして真善美の合体を目指す理想派の姿です。
画家というより学者という雰囲気です。

 

少年時代から晩年までの作品が一同に展示してありますので、
《彼はその時代に何を考えていたのか》よくわかります。
没後50年だからこそ、今だからこそ解るものがあります。
図録を買ってきましたので、
《人と作品》についての解説はひととおり読みました。
そして改めて思うことは、《須田国太郎は京都の画家だなぁ》、その一言に尽きると。
《京都世界を全うした油彩画家》
《京都の空気と格闘した油彩画家》
生まれも育ちも京都、4年間のスペイン修行の後も京都、
ここで名をなし、ここから発信した絵画です。

彼は日本全国あちこち出かけて行きます。
スケッチをしながらそこで観たもの感じたものを一旦京都に持ちかえり、
そこで世界を再構築し絵画として表現する。
油彩画の技術と格闘しながら絵画する。


《黒の画家》と言われているそうですが、
あの《黒のシルエット》は何処から来たイメージでしょうか。
とても気になります。
薔薇や椿などの花、鳥や虎などの動物を描いた《白と黒の作品》をじーっと観ていると、
京都の先人画家たち、
例えば、明治時代の竹内栖鳳や富岡鉄斎、
江戸時代の円山応挙や与謝蕪村、池大雅などの画家達を連想します。

 


京都画人の血が騒いだように感じられます。
理想なる油彩画の技術を追求しながらも、
内なる先人達から引き継いだ感性との戦いを繰り返していたのではないかと想像します。
格闘の痕跡が、
ひっかき、こすり、拭き取りなどの激しい絵肌となって表れ、
テーマである《光と影》を生涯にわたって追い求め続け、
墨で世界を表す水墨画に対抗する彼の油彩画が制作された。
浅学な私の想像です。


京都の街は、《シルエットの美しさ》で溢れています。
カメラを持ち歩き、逆光で撮る楽しさに浸ります。
影を追いかけていると
滴る光の美しさに驚きます。

 


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