今はにぎり寿司や丼物を松竹梅で分けている食べ物屋は殆どないだろう。松竹梅は特上、上、並に相当するわけだが、わかりにくいせいか梅に気兼ねしたか、最近は見かけなくなった。
松竹梅(特上、上、並)の注文の割合はどんなものだろうか。多分、梅(並)が一番多いと思うが、実際のところは知らない。自分は独りの時は殆ど並を注文するのだが、連れがあると上や特上を注文してしまう。
まあ、食べ物には梅(並)以下はないわけだが、運には梅(並)以下の悪いというのある。人間は三つが憶えやすいのか色んなものを三つに分類する。運も良、並、悪いと分けて捉えているようだ。
天丼や握り寿司なら特上の注文が増えても、困らないというか有難いのだろうが、病気の場合は困ってしまう。人間である医者は勿論困るのだが神様も当惑しているだろう。気持ちはよくわかるのだが病気の経過は、当然良いと思っている患者さんと良いにしてくださいという患者さんが圧倒的に多いのだ。勿論、中には運は弱い方なので、駄目でしょうけどと言われる方もおられるが、実はそう云いながらや心の奥では良いを願っておられるのが分かる。
食べ物屋の場合は、時には品切れになることがあるかもしれないが、特上の注文が続いても困らないと思う。しかし、病気の場合はそうはいかない。そのため、説明する医師は過剰な期待を冷却するような説明をしがちで、患者や家族は病院で担当医におどかされたなどと報告してくる。
中には非常に事務的な医師も居て、五年生きるのは十人に一人、今のうちに好きな所に旅行しなさいと言われましたと半信半疑ないし医師への不信を露わに報告してくる患者さんも居る。
当たり前のことかもしれないが人間は運命を松竹梅とは受け取れない。当院はそういう人達がお客様だ。自分は私は当然・・と迫る患者さんに、並にしてくださいと心の中で思うこともある。