異業種の親友F氏が自分にはSさん(私のこと)の仕事は出来ないと言う。企業戦士で海外生活十年の経歴の彼がそういうのは不思議な気がするが、あらゆる層の人を相手にしかも勝手な要求が多い仕事は自分には堪えられないと言われる。私は自分ではさほどストレスは感じず、こういう仕事だと思って働いてきた。しかし、何十年も働いて引退も視野に入る今頃になって、患者さんは自分勝手だなあと思うことが増えた。
私の忍耐力が減ったのと患者さんが実際に我儘になったという二つの要因が絡み合ってそう感じるのだろうと思う。年を取ると頭の回転が鈍りのんびりしそうで実は忍耐力が減るのは、皆さん身の回りを見渡せばわかることだろう。患者さんが我儘になったのは、弱者を大切にしようという社会の動きの副作用だと思う。弱い人力のない人を助け大切にするのは真っ当なことだが、これにはいろんな副作用がある。
患者さんの我儘とあまり関係なさそうであるが、弱者を大切にすることが自助放棄と言うと言い過ぎかもしれないが、自分でそれなりに考えたり試みることをしないであれこれ要求することに繋がっているように思う。
私は総合内科医で広い知識と経験はあっても残念ながら深みはなく、まして眼科や整形外科の病気の知識は十分ではない。ところが患者さんは眼科や整形外科を受診した後、色々な不満を私にぶつけ説明を私に求める。まあ、話しやすいのは分かるが、私にはきちんと答えられない。専門医に紹介しようとすると、そこは嫌午前中は駄目などと注文が多い。逆に私で十分なことができるのに、専門医を所望される患者さんも居られる(大抵は満足な結果が得られず戻って来られる)。
元々人間は自分勝手にできているのを社会人として生きてゆくためにいろいろな知恵や我慢を身に付けてきたのだが、恵まれない人や弱者を救済する動きの副作用で、大人であることを放棄した身勝手が出てきているように思う。