昨日の続き。
例えば…、
「“今”ぜったい読んで~っ!わ~っっっ!」とすがられても、
子供の目を見ないで、いわば「無視して」自分の仕事を続けてしまうのだ。
子供があきらめて、他の行動に移すまで…。
その間、どの位の時間を要するのかわからないけれど、
「目をあわせない」で「怒っている様子は見せない」ことがポイント。
何分後になるのか、何十分後になるのか…、
子供が「じゃ、お母さんのそれが終わったら読んでよね」などと
あきらめモードにはいって、ひとり遊びを始めたら、
ギュッと抱きしめたり、頭をなでたり、頬ずりしたりしながら、
(ま、しなくてもいいのかもしれないけれど…勝手に想像しました)
「ありがとう~っ!!わかってくれたのね~!
終わったらすぐ読むからね~!一緒に読もうね~!」などと、
オーバーアクションで思いきりほめる。
これにて一件落着~。なんつって。
しかし、簡単にはできそうにないなぁ…とも思う。
子供のことだけではない、
何にしても「待つ」ということは思ったよりも難しい。
☆昨日PCを閉じた後、手元にあったコピーはファイルしてしまいました☆
過日(10月5日)綴った「25%でOK!?♪」の続き。
(リンクのやり方がわからないので、さがして読んでくださいね)
近くのこども文化センターの一室に貼られていたチラシに、
もうひとつ「なるほど~!」のことが書いてあった。
それは、子供が好ましくない行動をとった時にどう対処するか?…ということ。
例えば、親がどうしても手を離せない家事や仕事をしているときに、
子供に「“今”、この本を読んでっ!早く読んで~っ!」と強くせがまれたらどうするか?
私だったらきっと「今忙しいから後でね」とか「これが終わったら読んであげるね」と
最初はさとすように静かに言うだろう。
けれど、子供のせがみがエスカレートしたら?泣き叫びながら訴えられたら?
そうしたら、売り言葉に買い言葉…ではないけれど、
私の声も拡声器を使ったように大きく激しくなり、
「いっいかっげんにして!!後で読むって言ってんでしょっ!」となりそうだ。
叱責と反抗の悪循環…。
そんな時は、好しくない行動(ここでは「反抗」)への
注目(ここでは「叱責」)を取り去って、待つことだという。
例えば…は、次の機会に…ね。
☆前回「25%でOK!?」をアップした時は、子供文化センターで見たチラシの
「記憶」を頼りにして言葉がどんどん浮かびました。
その後、チラシをコピーしてもらい、今手元に。
そうすると、そこに書かれている文に引きずられてしまい筆が進みません☆
学生の頃バイトをしていたカフェで、
片想いの先輩がいた。
笑顔が静かで、
「繊細な…」という形容詞がピッタリした感じのひとだった。
あれから何年が過ぎただろう。
もう社会人となってシャカムニ働いていた頃、
もう記憶の片隅にも残っていないのではないかと思っていた頃、
そのひとは夢にあらわれた。
「僕も綾乃のこと、気になっていたんだよね」
という言葉を伝えるために。
あの夢から何年が過ぎただろう。
数日前、夢のなかの送別会の席に、そのひとはまたあらわれた。
なぜか髪留めをして!!!???
(うっそ、ちょっと気持ち悪い)
「元気だった?」
その一言を伝えにきたその人に、私は言った。
「先輩、何年か前に夢に出てきたんですよ~」と。
私は夢のなかで、夢をみたことを伝えていた。
そして、その夢から数日後のつい昨夜…。
そのひとは、またあらわれた。
今度は何もしゃべらない。
私は、カフェで一緒にバイトをしていた友人とどこかの駅のホームで、
“夢のなかで、夢をみた”という話をしている。
懐かしい学生時代を思い出しながら、
二人して「○○先輩、元気にしてるのかな…」とポツリ。
なんと、そのひとは夢のなかの話題になっていたのだ。
この夢は、まだ続くのだろうか…!?
☆会話まで覚えているなんて…眠りが浅いのかしらん☆
今、夜中の1時…。
さっきとても怖い夢をみて眠れなくなってしまった。
なぜか私がバナナ卸の商売をしている。
場所も時間もわからない。
だけれども、ナイフと化した手を持った男達が、
「なぜ私たちのバナナをあんなに安く売るんだあ!」
と詰め寄り、その言葉とは裏腹に握手を求めてくる。
音はしない。
たけれども、私の手のひらには、
「しゅらららら~…」
といった私だけに聞こえる妙な音をたてながら、
鋭い線が引かれている。
「ううう~…」
そううめき声をあげたとき、目が覚めた。
夢だから、当然手に傷などはない。
だけれども、何だかしびれているようで、
無我夢中で両手をこすりあわせ、
わずかな光のある寝室で、
「ふ~、ふ~」と深呼吸をしていた。
ああ、ほんとうに怖かった。
バナナ、なくなる前にストックしておくほど、
好きなのに…なぜ?
この疲れ、日常の体力的なそれに比べてずっと嫌だ。
今日、何かあったかなぁ…身に覚えはないのだけれど。
☆本文とは全く関係ありませんが、
育児サークルで娘が自分の手でポンポン押して作った紙Tシャツです
あ、「手」つながり!?☆
数日前、母から「少し早いけれど…」と、
誕生日プレゼントが届いた。
宅急便に記された見慣れた字。
何だろうなぁ…とちょっとワクワクしながら開けてみると、
珍しく化粧品のセットだった。
あの叶姉妹がおすすめしているDHCだ。
アクセサリーを贈られることが多いここ数年だったけれど、
ふむふむ、化粧品もアリね。
なんて思いながら、添えられていたメッセージカードを
これまたちょっとドキドキしながらめくる。
「少し早いけれと、お誕生日おめでとう。
子育てで大変な時ですけれど、
多いに楽しみながら、少し肩の力をぬいて育てて下さい。
あっという間の子育てですから…。
そして、自分も若々しくきれいなお母さんになっていて下さい。
より美しくね。」
☆最後の一文には波線が引かれていた。
最近、疲れているように見えるわよ。ちゃんとお手入れしなさいね。
と言われているような気がした☆
土曜日の午前、雨のなか家で娘と二人過ごすのも何だなぁ…と思い立ち、
近くの子供文化センターに出かけた。
広いとはいえない幼児用の部屋だけれと、
わが家のリビングよりはずっと開放的で、
大小のすべり台やおもちゃもたくさんある。
娘は「しゅ~っ!!」と叫びながら何十回も楽しみ、
その間私は壁に貼ってある掲示物をボーッとながめていた。
そのなかで見つけた
「25%ずつほめてみよう!」の言葉が今でも心に残る。
その内容は確かこんなことだったような…。
例えば、毎日公園に行く私たちにしてみると、その準備ひとつにしても…
「玄関を目指して階段を降りようとする」(わが家は2階が主な生活の場なので)
ここでほめる!
「玄関で靴下をはく」
ここでほめる!
「靴をはく」
ここでほめる!
「玄関を出る」
ここでほめる!
いやはや、ほめ殺し。
でも娘はいつもよりニコニコ。私も何だか気分がいい。
これからもできるだけ(これがなかなか難しかったりして)
25%ずつでほめていってみよう。
思いがけない場所でとっても大きなモノをもらった。
実はもうひとつ「!!」の貼り紙があったので、それは別の機会にでも…。
☆この25%の考え方って、子供だけじゃなく、自分にも、周りの人にも
携わっている出来事にもいいんじゃないかしらん!?☆