2002年7月中旬。梅雨が明けていたのかまだだったのか憶えていませんが、その日は静かな雨が降っていました。雨が激しくなったら途中でやめるつもりで、午後から釣行しました。夏にいつも通う川です。
小雨がよかったのでしょうか、いつになくイワナたちの反応は良好でした。流れの緩いポイントではライズリングを確認することができました。雨で他の釣り人がいなかったこともよい釣りができた理由だと思います。
順調に釣り上りました。日が傾き始めた頃、私に気付いてすばやく岩陰に隠れる大きな魚影を確認しました。自分が不用意にポイントに近づいたことを後悔しました。フライを流しましたが出るはずありません。
夕闇が迫り、釣りを終えようとも考えましたが、先ほどの魚影が気になります。イブニングのラストチャンス、川を下り魚影を確認した処まで戻りました。
身を屈め無理な姿勢でキャストしました。数回目のキャストでようやく狙った所にフライが落ちました。数秒後にゆっくりとフライが咥えられました。次の瞬間ずっしりとしたイワナの重みを感じました。
暗闇の中、メジャーで確認した体長は34cmでした。
2004年7月のイブニングの獲物です。
ミッジパターンのロングキャストでキャッチしました。
本流育ちの32cmでした。
この年の10月にも飛騨地域は激しい水害に見舞われました。
その後の河川工事により、このポイントも大きく変わってしまいました。
フライフィッシングを始めた頃から使用しています。
近くの釣具店で200円で売っていたと記憶しています。
魚の口から下あごに通して、生かしたまま繋ぎ止めておくための道具です。
海釣りではしばしば使われるようですが、C&Rが一般的なフライフィッシングでは馴染が薄いようです。
一つのポイントで続けてライズを狙い後でまとめて写真を撮りたい時、写真を撮るため車までカメラを取りに戻る場合、大物を撮影するとき誤って逃げられないようにするためなど、リリースするまでの間一時的に使用します。
あまり出番はないけれど、いつもベストの内ポケットに入れ持ち歩いています。
どちらかというと、長く持ち続けているお守りのようなものです。
中学生の頃、一人の転校生がやってきました。
彼は釣りが好きでした。
彼はフライフィッシングのタックルを持っていました。バイスもマテリアルも持っていました。
私は彼から、キャスティングとタイイングを学びました。
釣り以外でも、いろいろな出来事がありました。
長い付合いなると思われましたが、彼は飛騨の高校には進学せず、出身地の方に戻って行きました。彼の転居のことは事前にはほとんど聞かされておらず、突然の事でした。
高校2年のとき、同じ中学出身の同級生である女性と彼の話題になりました。
彼女は、彼が風の又三郎のようだ、と言いました。
そのとき、私は、彼女の言う意味がよく解りませんでした。
でも、今なら理解できます。彼が、風の又三郎だったということを。
紅葉の見頃が過ぎ、渓にはたくさんの枯葉が落ちています。
この落葉が、渓に栄養をあたえ水生昆虫を育て、渓魚を育てます。
広葉樹が伐採され、スギやヒノキが植林された山の渓流では、水生昆虫が少なく、よい魚が育たないそうです。
また、針葉樹は広葉樹に比べ土壌を保つ力が弱く、増水などの悪影響も受けやすいのです。
自然のままの森。大切にしたいですね。
'99年の夏が終わろうとしていた頃、私は、或る堰堤の上のプールで見つけてしまいました。水面付近に定位し何かを捕食している3匹の大きな魚たちを。
私は静かに近づきました。魚たちは、私に気づいているのかいないのか判りませんが、捕食を続けていました。
バックがとれず、距離もそれなりにあるので、どちらかと言うと、難しい釣りとなりました。
いろいろなフライを試しましたが、マッチしていないのか、ドラッグが掛かっているのか、その日は狙った魚は釣れませんでした。
次の週も行きました。同じように魚はいました。釣れなかったけど、フライへの反応から、たぶん、かなり小さいものを食べているということが、分かりました。しかし結局、釣れませんでした。
その次の週も行きました。すでに9月中旬になっていましたがまだ暑かったことを覚えています。
この年の前後数年間は9月末日まで釣りが可能だったことも幸いでした。
最初からミッジサイズのフライに絞って、キャストしました。腕を精一杯伸ばしてギリギリまでドラッグが掛からないようにフライを流しました。何度も流しました。そしてついに私の#22のフライは、ドラッグが掛かる寸前に、捕らえられました。
うまくあわせが決まりました。いきなりの強い引きで、相手が大きいことを、あらためて認識しました。小さい針に細い糸。無理はできません。時間をかけ慎重に引き寄せなんとかランディングすることができました。
大きく立派なヤマメでした。
ストマックからは小さな茶色の羽根アリ」が出てきました。
数日後、飛騨地方は、記録的な豪雨にみまわれ、多くの被害を被りました。
このヤマメ達も、どこかに行ってしまい、増水がおさまっても、戻って来てはくれませんでした。