記憶はかなりあやふやだが、10年以上も前の夏の日、幼稚園児だった娘を従えて、イワナの釣り堀に出かけたことがある。
もっとも、娘を喜ばせようとするのなら、マクドナルドでハッピーセットを食べさせるか、気に入った遊具のある公園にでも連れて行くべきだったのだろう。
暑くなりそうな日だったので、営業開始時間を確認した上、早めに出発した。
程なく釣り堀に到着した。そこには釣り用の池だけでは無く、養殖用の池もあり、イワナ養殖の事業の一環として釣り堀が運営されているのだと分かった。
この釣り堀には、私が小学生の頃、町内会のイベントか何かで1回だけ訪れたことがあったが、池の形だとかは記憶とずいぶん違っていた。
池が形を変えたのか、私の記憶が長い歳月の間に変容してしまったのかは、よく分からなかった。
その頃、釣り堀に放たれていたのはニジマスだったことは、しっかり憶えている。
受付で竿を借りた。娘と交互に使えば良いだろうと竿は1本だけにした。
貸し竿は(たぶんグラス素材の)ヘラ竿だった。これなら良くしなって面白そうだ。
仕掛けの付いた貸し竿と一緒に、養魚用の餌である小さなペレットを水に含ませ柔らかくしたものを、釣り餌として受け取った。
釣り堀には、私たち以外に、私たちと同じような親子が1組いただけで、のどかなものだった。
釣りの準備を始めようと池の傍に行くと、白色ではない大きなサギが居た。
良く見るとサギは仕掛けられた罠(トラバサミの類)に掛かっているようだった。
しばらくすると、先ほど受付の手続きの対応をしたオーナーと思われるオヤジがやって来て、鉄の棒でサギを殴り始めた。
オヤジにとっては、大切な商品を盗む憎い奴なのだろう。
しかし、サギが殴り殺される光景は、どう考えても、これから釣りを楽しもうする親子にとっては、相応しく無いように思えた。
私は、オヤジのあまりのデリカシーの無さに呆れ果てた。
咎めようとはしなかった。
たとえ咎めたとしても、オヤジにその理由を理解させること自体が、極めて困難なことだと思えたからだ。(それが理解できる人物だったら、そんなことは最初からしないだろう。)
「あれ、なにしてるの?」とオヤジの行為を見た娘が、私に訊いてきた。
「魚を食べる悪い鳥だからやっつけているみたいだ。」と私は言葉を選んで答えた。
娘もおおよその事態を理解した様子で、それ以上は何も訊ねてこなかった。
鉄の棒の打撃を何発も喰らったサギは、やがて動かなくなった。
オヤジは敷地のすぐ横を流れる川に、動かなくなったサギを投げ捨てた。
傍観者である私たちには、サギを弔う機会は与えられないようだった。
オヤジが立ち去ると、辺りは何事も無かった様に静寂を取り戻した。
私たちは、朝の清々しさが残る池の傍で、イワナ釣りを始めた。
思ったとおり、小さなペレットを針に刺すのは、娘にとって少し難しいみたいだった。
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