今日も快食、快眠、快便!

「快食、快眠、快便」を座右の銘として実行すべく、その達成度と日々の記録やあれこれ。

再びブラタモリ

2009-10-16 10:03:15 | 日記とか


録画しておいたNHKの「ブラタモリを観た。
今回の散策場所は『二子玉川』である。

前回ブラタモリのレビュー記事でコメントを寄せてくれたhirorinさんも町散策好きだけど、関西にお住まいのためか『二子玉川』には馴染みがないと言う。
それもそのはず、多分関東でも東京・神奈川の人にしか関係ない都心の端っこ(というより郊外の始まり)に当たる小さなマイナーな町だ。
そんな知る人ぞ知る二子玉川だけど、沿線の三軒茶屋近く(今ならニコタマまで電車で10分の近さ)で生まれ育った私にはとっても馴染みが深い町なのである。
親戚が住んでいたこともあり、小さい頃からよく訪れる町で、多摩川でアユ釣りをしたこともあった。

ところでその「ブラタモリ」だが、確かにニコタマがセレブの町としての地位を確立する上で絶対はずせない玉川高島屋SCの開発裏話や渋谷と二子玉川を結んでいた路面電車、通称玉電の話は興味深かった。
三茶近くの実家は玉電が走っていた国道246沿いにあったので玉電の話は懐かしいし、玉電が廃止される時には実家の二階から「さよなら玉電」の花電車を見送った思い出がある。

将軍も訪れたという高台のお寺でタモリが「将軍が歩いた同じ道を自分も歩いていると思うとワクワクするよね」的なことを言っていて、すごく共感できた。
町散策の楽しみの一つは歴史と自分がつながることだから。

が、しかぁ~し 二子玉川といえば何と言っても

二子玉川遊園地

なのである

ニコタマの遊園地は駅からすぐのところにあって、私も小さい頃よ~く連れて行ってもらったし、意外と歴史が古い(大正時代に開園したらしい)ので自由が丘出身の78歳の母も幼少期によく通ったという位昔からあるのだ。
時代の波とともに24年前に閉園してしまったけど、その後しばらくはナムコワンダーエッグなどの施設が入って2000年までアミューズメントパークとして存在していた。
駅名も2000年までは「二子玉川園」であった。

それなのにブラタモリでは遊園地のことには全く触れていなかった
これはニコタマをよく知る者としては完全な片手落ち(この言葉は最近差別用語として使っちゃいけない部類らしいけど)だ。

MCが鉄道好きタモリだから玉電に照準を合わせたのか(福岡出身のタモリには二子玉川は全く興味のない町のようだったし)、NHKとの縛りで遊園地に触れられない事情があるのかわからないけど、それほど歴史があり駅名まで変える憩いの場所を紹介しないのは納得がいかず憤懣やるかたない
古地図と現在の町を照らし合わせながらあ~でもないこ~でもないと語るくだりもなくて、(古地図と照らし合わせたくてもほとんどが田んぼや畑じゃしょうがないけど)せめて明治大正の地図を出してくれたら遊園地とニコタマの関わりや歴史が語れたんじゃないかな~と残念に思う

ちなみに遊園地があったその場所は、現在は商業施設や住居が入る高層タワーの建設が進められている。
今や近所に芸能人もたくさん住んでるしほんとうにセレブの街って感じになったけど、ちょっと田舎っぽい川の町「二子玉川」が懐かしいです。

 

 

快食…
快眠…
快便…

 

 

 

 

コメント
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