元・副会長のCinema Days

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「ディーパンの闘い」

2016-03-06 06:41:05 | 映画の感想(た行)

 (原題:DHEEPAN )第68回カンヌ国際映画祭で大賞を獲得した作品だが、そのアワードにふさわしい内容かどうかは別にしても、楽しめる映画であることは確かだ。少なくとも、同映画祭で本命視されたトッド・ヘインズ監督の「キャロル」よりは求心力が高く、見応えがある。

 主人公ディーパンはスリランカの反政府ゲリラのメンバーであったが、内戦で妻子と戦友を殺され、自分の身も危なくなる。フランスに脱出することを思い立った彼だが、出国する上で家族連れの方が何かと都合が良い。そこで行きずりの女と親を亡くした少女を自分の“家族”に見せかけ、難民審査を通り抜ける。フランスに到着した3人は、パリ郊外の集合住宅の一室に腰を落ち着け、ティーパンは団地の管理人の職を得る。しばらく一緒に暮らしていくうちに互いに情を通わせていく彼らだが、実はそのアパートは犯罪者の巣窟だった。家政婦として働くようになった“妻”の派遣先がギャングに襲われ、彼女もピンチに陥っていることを知ったディーパンは、再び戦いに身を投じていく。

 戦争帰りの男が義憤に駆られて悪者ども相手に大暴れをするという筋書きは、同じくカンヌでの大賞受賞作である「タクシードライバー」(76年)に通じるものがある。しかし、あの映画で主人公がニューヨークで“独りよがりな戦争”を勝手に始めたのは、ベトナム戦でPTSDを患ったからである。対して本作のディーパンには、戦わなければならない必然性があるのだ。

 いわば図式としては昔の任侠映画に近い。高倉健や鶴田浩二が演じた孤独な侠客が、敵のアジトに単身殴り込みをかけるのと同様、ディーパンの行動の裏にあるのは義理と人情、そして家族愛だ。本作ではそれに人種や宗教、移民問題に揺れるヨーロッパ社会が背景になる。社会派のテイストとヤクザ映画の分かりやすさを融合させ、幅広い層にアピールできる仕上がりだ。

 ジャック・オーディアール監督の作品は過去に「リード・マイ・リップス」(2001年)ぐらいしか観ていないが、ここでは登場人物の内面描写に卓越したものを見せる。戦いから足を洗って新たな生活を送るはずが、またしても社会の不条理により銃を手にせざるを得なくなるという、ディーパンのその苦悩が画面の隅々まで横溢する。かと思えば、彼の“妻”が団地の一室でドラッグ密売組織を束ねる青年と心を通わせるくだりでは、丁寧で情感に満ちたタッチで観る者を惹き付ける。

 主演のアントニーターサン・ジェスターサンは本物のスリランカ内戦の元兵士であり、まさに迫力が違う。“妻”と“娘”を演じる俳優も達者だし、“ダークサイド”のニコラス・ジャーによる音楽も抜群の効果を上げる。たとえ血が繋がっていなくても“家族”は形成され、人種・宗教が異なっても分かり合える。そんな作者の想いが伝わるようなラストの処理は心地よい。観て損は無い力作だ。
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