(原題:FINGERS )78年作品。主役の若き日のハーヴェイ・カイテルのサイコ演技を存分に堪能できるシャシンであり、それ以外の目的(たとえば、平易な娯楽編を気軽に観たい等)をもってこの作品に接するのは、断じて奨められない(笑)。このように観客を選別する姿勢は、却って清々しいともいえる。
ニューヨークの下町にある、アパートの一室でピアノの練習をしているジミーは、いつかカーネギー・ホールで演奏することを夢見ていた。しかし彼の“本職”は、高利貸しの父親を手助けするため、荒仕事を請け負う取り立て屋だ。ある日ジミーは、父からコゲつきの清算を依頼される。債務者であるリカモンザはヤクザのボスであり、さすがのジミーも簡単にはいかず、手こずっているうちに警察に捕まってしまう。何とか釈放されたジミーだが、精神的な動揺は隠しようがなく、ピアノのオーディションでは落選。それをきっかけに、彼の行動はますます常軌を逸したものになってゆく。
冒頭、一心不乱にピアノを弾いた後で、若い女を口説くために大型ラジカセを大音量で鳴らしながら外出する主人公の姿は、誰が見ても立派な異常者である。さらに、リカモンザを追い込むためにその情婦を襲い、エゲツなく金を要求するあたりも、まさに外道そのものだ。
そんなロクでもない生活を送りながらも、ピアノで弾くバッハの音楽に対し、陶酔的な憧れを隠せないという設定は出色。崇高な芸術と低劣な犯罪とのコントラストが鮮やかだ。ジェームズ・トバックの演出は派手さはないが、ドキュメンタリー・タッチの生々しさがある。特に暴力シーンのリアルさは、観ている側にまで血しぶきが飛んできそうだ。
カイテルのパフォーマンスは最高で、身体中を震わせて怒りを表現する場面の禍々しさや、ラストでカメラを延々凝視する目つきの危なさ等は、まはや彼以外では到達し得ない異様なオーラが充満している。ティサ・ファローやジム・ブラウン、マイケル・ヴィンセント・ガッツォー、タニア・ロバーツといった面々も一筋縄ではいかず、存分に怪演を楽しめる。
「タクシードライバー」(76年)のマイケル・チャップマンの撮影による、ざらついたニューヨークの街の描写も捨てがたく、これは当時としてはカルト映画的な存在感を持った作品と言える。