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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「敵」

2025-02-08 06:08:58 | 映画の感想(た行)
 これは楽しめた。筒井康隆による原作の同名小説こそ未読だが、彼の作品はけっこう目を通している。そして痛感するのが、筒井の小説ほど映画として仕立てるには難しい素材は無いってことだ。今までも「時をかける少女」のようなジュブナイル系を除く映画化作品は数本あるのだが、いずれも大成功とは言えない。ところが、本作はかなり健闘していると思う。

 主人公の渡辺儀助は77歳。大学教授の職をリタイヤし、都内の古い一戸建てにひとりで暮らす。妻には先立たれ、子供もいないのだが、本人はあまり気にしていない。時折講演に招かれたり、気の置けない友人と酒席を共にしたりと、悠々自適な毎日だ。ところがある日、パソコンの画面に“敵がやって来る”という不穏なメッセージが表示される。それから彼の周りには不可解なことが頻発し、いつしか何が夢か現実か分からないような境遇に追いやられる。



 有り体に言えば、その“敵”というのは儀助にとっての“老い”であり“寿命”なのだろう。しかし本作はそれを“語るに落ちる”ようなレベルでは決して扱わない。何がどのような状態でどの時系列で主人公に迫ってきているのか、それを明かさずに観客を巧みに翻弄する。

 時折訪ねてくる、かつての教え子である鷹司靖子は果たして“本物”なのか。行きつけのバーで儀助と知り合う女子大生の菅井歩美は、主人公の空想の産物かもしれない。ついには死んだはずの妻の信子まで現われるようになる。さらに、それらを現実(らしきもの)と結び付けるものとして、儀助の日常の細やかな描写が有効に作用している。特に、彼自身が丹精込めて作る日々の食事は絶品だ。観ていて実に美味しそうに見える。

 終盤近くには筒井作品の常としてカオスなドタバタ描写の釣瓶打ちになるが、これをしっかりと制御するのが四宮秀俊のカメラによる精緻なモノクロ映像だ。結果としてエクステリアが浮ついた軽薄なものになっていない。脚本も担当した吉田大八の演出は堅調で、今までの彼の仕事の中では一番良い。

 主演の長塚京三はまさに妙演であり、この複雑な主人公像を上手く活写している。瀧内公美に河合優実、黒沢あすか、中島歩、松尾諭、松尾貴史といった他のキャストも万全だ。なお、意味ありげなラストショットはたぶん原作には無いのだと思うが、それまでの展開をひっくり返すようなテイストで、本当にスリルたっぷりである。

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