♪♪ 私の お寺ライフ ♪♪

 ブログアップして8年目に突入。相変わりませんが、私の「如是我聞」をお送りします。南無阿弥陀仏

慶聞抄2021年12月号

2021-11-20 10:38:01 | 随想
慶聞抄(きょうもんしょう)


    「柏原九条の会」編集・発行 「柏原にあった戦争の記憶」13冊
 
兵矛無用

幸いにも今年の報恩講さんは、2年ぶりに節談説法の長谷川毅正先生においでいただくことが出来ました。感染防止のため高座から降りてもらうのはいいとして、暖房と換気はどうしたものかと悩んでいたら、なんと温い事! 電気カーペットだけで済みました。
挨拶で、前歯を抜かれたのでマスクがあってよかった、というようなショウムナイ話をしたのですが、実は本当に聞いていただきたいことが他にあったのです。

この日、午前中に市の議会の最終の本会議が予定されていて、私はずうっと前から傍聴しようと決めていました。「陳情書、件名:沖縄戦犠牲者の遺骨を含む土砂を埋め立てに使わないとの意見書採択」を市議会議長宛てに出したのが9月17日。新議員さんが決まり次第考えてもらおうと8月から準備していたものです。報恩講さんが実施できたなら、挨拶で速報できるかも、と夢見た時もあったのです。

結果、議題にもならず、撃沈。

なんでーーー?! 提案くださった会派の方から前の晩電話で知らされた時、とても悲しかったです。本会議に上げてもらうには、事前の会議で提案者以外に賛同者が必要です。しかし、危険な普天間基地をこれ以上おいておけないとの理由で反対1,その他は反対とも賛成とも発言はありませんでした。当初、最大会派に提案していただこうとお願いし、基地論争ではなくあくまでも人道に反することと言葉も選びました。直前の大阪市や堺市の議会で全会一致で可決とのニュースに気をよくしていたのに・・。残念の極みです。

比較するのはよくないかもしれないけれど、この際、悔しいから言わせてもらいますワ。我が市の議員さん、冷たいのとちゃいますか?自分の親の骨が混じってるかもしれないと想像したらどうですか? 第一、2016年に超党派の議員さんで作らはった法律で、遺骨収集は国の責務やゆうことになってますやん。せやからこれは、法律違反でっせ! どーしても埋め立てせにゃならんなら、今、あちこちでお騒がせの「軽石」を集めて使こたってください!(そこまでゆーたら言い過ぎ!)とにかく、一人ひとり、良心のみに従って判断すべきは、何も裁判官だけに限ったことではありません。
 
願いは叶いませんでしたが、代わりに有難い出会いがありました。同じことを陳情なさった方が他におられたのです。「平和遺族の会」のNさん。市出身の沖縄での戦没者が14人であることを、彼の意見書に添付されたリストで知りました。

Nさんは、昭和19年1月20日富山県生まれ。父が亡くなったのは、半年後の6月19日。出征したばかりの父が「呉まで子どもを連れて来い」と言ってきたのが3月。母は2か月の赤ちゃんを連れて面会に行ったのです。当時の交通状況はじめ食料や衣料など如何?! 母は、その後家を追われたので、両親ともいない過酷な少年時代を過ごしました。

Nさんは、大阪に出て教員になり、児童文化研究会に所属して、劇の上演や地域の子ども会のお世話をされました。遺族会にも出会い、図書館で市史を調べて当時の戦没者の記録をあたったり、戦争体験者一人ひとりを訪ね歩いて聞き取る活動をされました。それは今も続けられ、今年の4月で13冊、100人の市民の戦争の記憶が綴られています。

国豊民安 兵矛無用(国豊に民安くして兵矛用いることなし。)*「仏説無量寿経」    合掌

PS: 私がバタバタしていた8月のNHK・Eテレ、「100分で名著」は、アレクシエーグィチの「戦争は女の顔をしていない」でした。ウクライナ生まれのジャーナリスト。第二次世界大戦に従軍した女性たちへの取材で、500人を超える証言を集めた本です。これをはじめとする一連のノンフィクション作品が評価され、2015年ノーベル文学賞を受賞しました。一貫して市井の人々を証言者に選び、一人ひとりの感情を綴ることで時代の精神をつかみ取ろうとしたその姿勢は、そのままNさんに通じるもので、私たちの歩むべき道を問う仕事と言えましょう。


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