日々楼(にちにちろう)

古今東西・森羅万象の幾何(いくばく)かを、苫屋の住人が勝手御免で綴ろうとする思考の粉骨砕身記です。

理研・笹井博士の死を悼みます。

2014年08月05日 | 日記

理研・笹井博士の死を悼みます

 

ニュースを見て驚きました。

理研・笹井博士の死を悼みます。

 

7月27日、日曜日、NHKは、STAP細胞の疑義にかかわる内容を取り上げ、NH

Kスペシャルとして放送しました。

思うに、NHKは、「報道とは何か」、組織全体でディスカッションし、考え直す必用が

あります。

 

現在のNHKに対して感じていることを、ふたつみっつ、書いてみます。


1.組織の巨悪が追えない。

2.政策や行政にかかわる報道では、その責任省庁・局まで明らかにすることはなく

「国」と言って、ニュースを書いたり読んだりする者の一番楽な道を選ぶ。

3.ニュース対象である事象や人々を語るとき、報道人の視点よりも、訓話者の視点に

立ってニュースを語ることが多い。これは彼らが、ニュースを締めくくる時、事実の背

景にある原因に対して彼らの訓話的な態度を、「何々が求められている」といって、ニ

ュースを終わることが多いことに示されます。この訓話者の視点に立つと、ニュースは

そこで完結してしまい、語った事実に対する次の視点が生まれにくく、報道は自己満足

の積み重ねとなってしまいます。これは現在のNHKの体質となっているのではないか

と考えられます。これを脱してくれませんか?そのために、「報道とは何か」、組織全

体でディスカッションし、報道人の魂とでも言うべき『NHK放送人魂』を定めてくれ

ませんか。そして現在、NHKに『局是』のようなものがあるのならば、それも取り上

げ、新しい『放送人魂』ができるまでをドキュメンタリ番組にまとめて、放映してくれ

ませんか?

 

4.それを見て、「おお、NHKやるなー」と、私たちに思わせてください。

 

5.それともうひとつ、今、大河ドラマで『軍師官兵衛』をやっています。私は中国地

方の出身ですから言えるのですが、登場人物の末裔たちはそれぞれに現在も生きていま

す。役作りとはいえ、彼らが肩身の狭い思いをしない役作りをお願いします。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする