韓国には、<ジャンル小説>、あるいは<ジャンル文学>という文学ジャンルを示す言葉がふつうに用いられています。
私ヌルボがこの言葉を知ったのは、蓮池薫さんの「半島へ、ふたたび」(新潮社)という本。厳密には、その元となった新潮社のサイト内の彼のブログ中のエッセイですが・・・・。(今はその箇所を見ることはできません。)
「半島へ、ふたたび」は、北朝鮮の内実を知りたくて読んだ人には期待外れでしょうが、良い本です。(その後、第8回新潮ドキュメント賞を受賞したのもうなずけます。)
その中に、彼が訳した「私たちの幸せな時間」の作家・孔枝泳(コン・ジヨン)との会見記が載っているのですが、そこで蓮池さんは「孔枝泳さんが発した<ジャンヌ小説>という言葉がわからなかった」と記しつつ、それが<장르小説>、つまり<ジャンル小説>のことだった、と明かしています。
たしかに韓国語では表記は<ジャンル>でも発音は<ジャンル>。聞き取りが難しいですね。
意味が取りにくかった理由その2は、蓮池さんは書いていなかった点ですが、日本では<ジャンル小説>という言葉自体が一般化していないということもあったでしょう。
私ヌルボも、わりといろんな小説や文学評論等は読んできましたが、<ジャンル小説>という言葉には耳になじみがありませんでした。
[翌日の注記(赤字部分のみ)]
この記事をupした後、「半島へ、ふたたび」を確認のため再読したところ、大きな勘違いをしていたことに気づきました。孔枝泳さんは「小説を映画化する」という意味で「장느이전(ジャンヌイジョンルジャンル移転)」と言ったのを、蓮池さんが意味がとれなかったということでした。ジャンル小説のことではありません。考え直してみると、私ヌルボがジャンル小説という言葉を知ったのは、末尾に記したラジオ番組からだったようです。・・・ということで、この記事全体をいずれ書き直します。
韓国ウィキの「장르 소설(ジャンル小説)」の項目では次のように説明されています。
「特定のジャンルの読者の関心を引くために、そのジャンルに対応する素材、主題、様式などの特徴に合わせて使われる長編や短編小説を意味する。」
さらに、以下のようにジャンル小説を分類しています。
「推理小説・スリラー小説・ホラー小説・空想科学小説・ファンタジー小説・武侠小説・ロマンス小説」。
・・・最初からそう言ってくれればわかるのに、という感じですね。日本のウィキには「ジャンル小説」はありませんが、はてなキーワードには簡単な説明がありました。
※中華世界の英雄・豪傑たちの武術対決やロマン等を描いた武侠小説は日本での人気は今ひとつですが、その代表作家・金庸の小説などすごくおもしろいですよ! 「秘曲笑傲江湖」等々、徳間文庫で刊行。
この<ジャンル小説>という分類、教保文庫・YES24等々の書店のサイトでもふつうに用いられています。たとえばYES24でホラー小説を検索したければ、
①左上方の「국내도서(国内図書)」中の「문학(文学)」をクリック
②「역사/장느문학(歴史/ジャンル文学)」をクリック
③「공포(恐怖)」をクリック
・・・・これでOK。
以下はこの<ジャンル小説>をめぐってヌルボが考えたこと。
1990年代に入り、韓国では民主化と経済的な発展に伴って読書をエンタテインメントとして楽しむ都市市民や若い世代の人たちが増えてきました。
ところが、80年代までの韓国文学は政治・社会に対する問題意識をテーマにした作品・作家が本流。あとは大衆的な読み物といった小説類でしょうか。
それが90年代以降の急速な社会の変化の中で、韓国内では未発達だった推理・SF・ホラー・ファンタジー等のオモシロ本が外国からどっと流入したんですね。
それらはたしかに娯楽性が高いので純文学とは別種のものという受けとめ方もありました。(今もあるでしょう。) そんな中で、2006年にエーコの「薔薇の名前(장미의 이름)」が訳され話題をよんだ頃から純文学とジャンル文学との境界が論議されるようになったようです。
つまり、単に技法・素材等の差異くらいしかないのでは、ということです。
・・・このあたりは、日本で40年くらい前にあった小松左京や筒井康隆等のSF作品の文学賞をめぐる議論が思い出されます。
ただ、日本では半世紀くらいの間に蓄積されてきた推理や歴史の作品群(海外作品も含む)が、韓国の場合はこの20年たらずの間に、ほとんどが海外から大量に入ってきたわけですから、韓国内の純文学の側などはそれらを強く意識せざるをえません。とくに韓国の純文学は、主人公が現実の作者自身とほぼ重なっているような作品が多かったから、読者にとってジャンル文学が斬新な印象を与えたでしょうし、一方純文学作家はいろんな意味でタイヘンだと思われます。
・・・といったところが今の韓国の状況ではないでしょうか。
★ヌルボが愛聴しているKBS1ラジオ毎日22:10~22:58の<シン・ソンウォンの文化を読む(신성원의 문화 읽기)>については、今年1月11日の記事等でも紹介してきました。
その番組で、2008年ジャンル文学をとりあげ、またウェブサイトにも「ジャンル文学の名作推薦図書」のリストを載せています。これは今でも→コチラで見ることができます。
具体的な書名がたくさんリストアップされていて、日本の同様のものと比較すると興味深いですが、おおよそは似通った作品があげられています。
以下、部分的に訳してみました。
【科学小説】
①宇宙戦争(ウェルズ) ②素晴らしき新世界(ハックスリー) ③1984年(オーウェル) ④風の十二方位(ル・グイン) ⑤あなたの人生の物語(チャン) ⑥2001年宇宙の旅(クラーク) ⑦宇宙の戦士(ハインライン) ⑧銀河ヒッチハイクガイド(ダグラス・アダムス) ⑨コンタクト(セーガン) ⑩マイノリティ・リポート
※ハインラインなら、なぜ「夏への扉」じゃないのか、訝る人もいるかも。しかしこれが「여름으로 가는 문」と題されて刊行されたのはやっと昨年(2009年)9月なんですね。ルグインは「風の十二方位」が2004年、「ゲド戦記」(韓国では「アースシーの魔法使い(어스시의 마법사)」は2006年に第1巻が出ましたが、最終の6巻は昨2009年刊行なので、この番組放送時には完結していませんでした。日本では長年親しまれてきた定番の作品が、韓国では21世紀になってドカッと出てきたことがわかります。
また、テッド・チャンを入れるなら、当然グレッグ・イーガンを落とすわけにいかないだろうと思って調べたら、まだ「宇宙消失」や「万物理論」等は未訳で、2008年刊行のSF短編集に短編がわずか1編入っているだけでした。
以下、【<ジャンル文学の巨匠>スティーブン・キング】、【ファンタジー小説】、【推理/スリラー小説】、【ジャンル文学総合編】のリストがあり、なかなか興味深いですが、もうずいぶん字数が多くなってしまったので、ここまでにしておきます。
私ヌルボがこの言葉を知ったのは、蓮池薫さんの「半島へ、ふたたび」(新潮社)という本。厳密には、その元となった新潮社のサイト内の彼のブログ中のエッセイですが・・・・。(今はその箇所を見ることはできません。)
「半島へ、ふたたび」は、北朝鮮の内実を知りたくて読んだ人には期待外れでしょうが、良い本です。(その後、第8回新潮ドキュメント賞を受賞したのもうなずけます。)
その中に、彼が訳した「私たちの幸せな時間」の作家・孔枝泳(コン・ジヨン)との会見記が載っているのですが、そこで蓮池さんは「孔枝泳さんが発した<ジャンヌ小説>という言葉がわからなかった」と記しつつ、それが<장르小説>、つまり<ジャンル小説>のことだった、と明かしています。
たしかに韓国語では表記は<ジャンル>でも発音は<ジャンル>。聞き取りが難しいですね。
意味が取りにくかった理由その2は、蓮池さんは書いていなかった点ですが、日本では<ジャンル小説>という言葉自体が一般化していないということもあったでしょう。
私ヌルボも、わりといろんな小説や文学評論等は読んできましたが、<ジャンル小説>という言葉には耳になじみがありませんでした。
[翌日の注記(赤字部分のみ)]
この記事をupした後、「半島へ、ふたたび」を確認のため再読したところ、大きな勘違いをしていたことに気づきました。孔枝泳さんは「小説を映画化する」という意味で「장느이전(ジャンヌイジョンルジャンル移転)」と言ったのを、蓮池さんが意味がとれなかったということでした。ジャンル小説のことではありません。考え直してみると、私ヌルボがジャンル小説という言葉を知ったのは、末尾に記したラジオ番組からだったようです。・・・ということで、この記事全体をいずれ書き直します。
韓国ウィキの「장르 소설(ジャンル小説)」の項目では次のように説明されています。
「特定のジャンルの読者の関心を引くために、そのジャンルに対応する素材、主題、様式などの特徴に合わせて使われる長編や短編小説を意味する。」
さらに、以下のようにジャンル小説を分類しています。
「推理小説・スリラー小説・ホラー小説・空想科学小説・ファンタジー小説・武侠小説・ロマンス小説」。
・・・最初からそう言ってくれればわかるのに、という感じですね。日本のウィキには「ジャンル小説」はありませんが、はてなキーワードには簡単な説明がありました。
※中華世界の英雄・豪傑たちの武術対決やロマン等を描いた武侠小説は日本での人気は今ひとつですが、その代表作家・金庸の小説などすごくおもしろいですよ! 「秘曲笑傲江湖」等々、徳間文庫で刊行。
この<ジャンル小説>という分類、教保文庫・YES24等々の書店のサイトでもふつうに用いられています。たとえばYES24でホラー小説を検索したければ、
①左上方の「국내도서(国内図書)」中の「문학(文学)」をクリック
②「역사/장느문학(歴史/ジャンル文学)」をクリック
③「공포(恐怖)」をクリック
・・・・これでOK。
以下はこの<ジャンル小説>をめぐってヌルボが考えたこと。
1990年代に入り、韓国では民主化と経済的な発展に伴って読書をエンタテインメントとして楽しむ都市市民や若い世代の人たちが増えてきました。
ところが、80年代までの韓国文学は政治・社会に対する問題意識をテーマにした作品・作家が本流。あとは大衆的な読み物といった小説類でしょうか。
それが90年代以降の急速な社会の変化の中で、韓国内では未発達だった推理・SF・ホラー・ファンタジー等のオモシロ本が外国からどっと流入したんですね。
それらはたしかに娯楽性が高いので純文学とは別種のものという受けとめ方もありました。(今もあるでしょう。) そんな中で、2006年にエーコの「薔薇の名前(장미의 이름)」が訳され話題をよんだ頃から純文学とジャンル文学との境界が論議されるようになったようです。
つまり、単に技法・素材等の差異くらいしかないのでは、ということです。
・・・このあたりは、日本で40年くらい前にあった小松左京や筒井康隆等のSF作品の文学賞をめぐる議論が思い出されます。
ただ、日本では半世紀くらいの間に蓄積されてきた推理や歴史の作品群(海外作品も含む)が、韓国の場合はこの20年たらずの間に、ほとんどが海外から大量に入ってきたわけですから、韓国内の純文学の側などはそれらを強く意識せざるをえません。とくに韓国の純文学は、主人公が現実の作者自身とほぼ重なっているような作品が多かったから、読者にとってジャンル文学が斬新な印象を与えたでしょうし、一方純文学作家はいろんな意味でタイヘンだと思われます。
・・・といったところが今の韓国の状況ではないでしょうか。
★ヌルボが愛聴しているKBS1ラジオ毎日22:10~22:58の<シン・ソンウォンの文化を読む(신성원의 문화 읽기)>については、今年1月11日の記事等でも紹介してきました。
その番組で、2008年ジャンル文学をとりあげ、またウェブサイトにも「ジャンル文学の名作推薦図書」のリストを載せています。これは今でも→コチラで見ることができます。
具体的な書名がたくさんリストアップされていて、日本の同様のものと比較すると興味深いですが、おおよそは似通った作品があげられています。
以下、部分的に訳してみました。
【科学小説】
①宇宙戦争(ウェルズ) ②素晴らしき新世界(ハックスリー) ③1984年(オーウェル) ④風の十二方位(ル・グイン) ⑤あなたの人生の物語(チャン) ⑥2001年宇宙の旅(クラーク) ⑦宇宙の戦士(ハインライン) ⑧銀河ヒッチハイクガイド(ダグラス・アダムス) ⑨コンタクト(セーガン) ⑩マイノリティ・リポート
※ハインラインなら、なぜ「夏への扉」じゃないのか、訝る人もいるかも。しかしこれが「여름으로 가는 문」と題されて刊行されたのはやっと昨年(2009年)9月なんですね。ルグインは「風の十二方位」が2004年、「ゲド戦記」(韓国では「アースシーの魔法使い(어스시의 마법사)」は2006年に第1巻が出ましたが、最終の6巻は昨2009年刊行なので、この番組放送時には完結していませんでした。日本では長年親しまれてきた定番の作品が、韓国では21世紀になってドカッと出てきたことがわかります。
また、テッド・チャンを入れるなら、当然グレッグ・イーガンを落とすわけにいかないだろうと思って調べたら、まだ「宇宙消失」や「万物理論」等は未訳で、2008年刊行のSF短編集に短編がわずか1編入っているだけでした。
以下、【<ジャンル文学の巨匠>スティーブン・キング】、【ファンタジー小説】、【推理/スリラー小説】、【ジャンル文学総合編】のリストがあり、なかなか興味深いですが、もうずいぶん字数が多くなってしまったので、ここまでにしておきます。